"ニューフードバレー構想"を掲げる政令都市、新潟。
特区指定により新産業創造が加速。
新たな産業構造の革命となるか
1960年代を境にして市場は大きく変化した、というのはビジネスでは通説です。それまでのメーカーは"売る"、すなわちセールスマンの力やマスメディアによるコマーシャルの力にウェイトを置いていました。しかし、供給が需要を上回りはじめた70年ごろからは、市場のシェア競争が激しくなったことで、"売る"のではなく"買っていただく"ためにはどうすればよいのか。そのための消費者ニーズの調査や分析にウェイトを置き始めます。
ここ数年の傾向は、社会ニーズに適したマーケティングを行い、"作ることから、売り、買っていただき、消費したあとの社会的影響(例えば環境問題とか)"までの一連の流れにウェイトを置くことが、メーカーや企業には求められています。
いま農業という一つの産業界で、この"作る、売る、買っていただき、その先までを"見据えた、新たなるマーケティング戦略を実行し始めたエリアがありました。その戦略の名前は"ニューフードバレー構想"。推進するのは新潟です。新たな産業構造の革命とも言われている"新潟ニューフードバレー構想"について、編集部ライターが見聞してきました。
新しいビジネスを生み出す6次産業化
農業は第一次産業です。これまでであれば次の時代を単一産業が開拓していく、ということはごく自然な社会構造の有り様でした。しかしながら社会環境が複雑になり、市場ニーズが多様化してきた今、農業だけで生産性を高めたり、質の向上を実現させたり、人材雇用の促進、地域活性化に望み、新時代を創造するというのは困難になってきているのが現状です。
そこで生産者、すなわち農業従事者(第一次産業)が主体となり、自ら加工(第二次産業・製造業工業化)し、商品化・流通・販売(第三次産業・小売業サービス業)という多角的な事業展開を進めることで、第一次産業だけでは解決できなかった様々な問題をソリューションしていこうという動きが生まれました。6次産業化です。(*一次×二次×三次=6次産業)
新潟ニューフードバレー構想
この動きに着目し、食の資源を活用した新事業の創出や農産物の利用促進を図っていこうと計画したのが、新潟の"ニューフードバレー構想"です。さらに特徴的なのは、農業→加工→商品→販売という一連の6次産業化を一つのブランドと捉えていることです。"ニューフードバレー構想"を推進する新潟市経済部産業政策課に説明いただきました。
「6次産業化による結実は新潟ブランドの揺るぎない唯一性だと考えています。全国どこにもない、どこにも真似のできない、新潟らしい独自のブランドを構築することが今の課題です」。「食の材料を作る匠はいる。しかし必ずしも売れるとは限らない。マーケティングも含めて、食品の企画から開発、販売まで行う"フードデザイン"を支援しながら新潟ブランドを確立したい」。まるでメーカーか会社企業のブランド戦略会議で提案されるようなビジネス構想です。フードバレーというネーミングは、あの半導体産業の要となり、全世界のIT企業の一大拠点となった米国のシリコンバレーを彷彿させる名前です。その意気込みが感じられます。
特区指定を受ける新潟
6次産業化による新潟ブランドをより独創的なスタイルに仕上げるために、新潟では食に関する産学官の連携を強固にしています。新潟大学農学部、バイオ専門学校、薬科大学と言った教育機関と、民間を含めた研究機関、そして食の新潟国際賞財団、農業総合研究所、産業振興財団ビジネス支援センターなどの支援機関が三位一体となって、"ニューフードバレー構想"を推進させています。さらに平成26年5月には政府からの国家戦略特区指定を受け、"ニューフードバレー"は加速度的に前進し始めました。
「農業と異業種とのコラボが様々な規制で難しかったのですが特区指定で緩和されました」「付加価値の高い食品が生産、販売しやすくなりました。農業者が自前の農作物を料理して出すレストランを経営することができます」「農業界でもベンチャーという創業が出てくるでしょう」「様々な業種の企業が新潟にオフィスを置くようになると思います」。新潟市経済部産業政策課では特区指定を受けたことで、構想が現実味を帯びてきたと語っていました。
ブランドの一部を老舗酒蔵で
"ニューフードバレー構想"でブランド化したプロダクトを広く知ってもらおうと新潟市内の老舗酒蔵内で情報発信施設"フードデザインLABO(ラボ)"を昨年オープン。ブランドの一部商品を知ってもらい・見てもらい・味わってもらう、という認知拡大から購買行動への喚起が期待できるコーナーになっています。
LABO(ラボ)を提供している老舗酒蔵"今代司"九代目蔵元、山本平吉さんに伺いました。「古い造り酒屋の一角で、未来に向けた新しいブランドが発表されているというのは、とても素晴らしいことです」。"今代司"酒蔵で主に使っている酒米は、"ニューフードバレー"と言われる以前の産学官一体で開発された新品種酒造好適米ブランド"越淡麗"。「すっきりしているけどコシがある酒になります。新潟自慢の酒米です」。新潟には昔から"ニューフードバレー"の考え方が根付いていたようです。
時代とともに変化してきた街並み
川と海、港に囲まれた新潟は、過去何度も地形を変化させてきました。海岸侵食、川の侵食、新田の開発、干拓、人口増加による住宅化。その都度、町並みを柔軟に整備してきた新潟市の中心は、大きくわけて四つのエリアに分類できます。
▼一つは、白山神社付近から古町(ふるまち)や本町(ほんちょう)あたりの、昔ながらの路地通りと老舗料亭のある街。元々「新潟」と呼ばれていた繁華街エリアです。軒低い建物の合間を縫って、大型デパートや高層ビルなどが立ち並んでいます。▼JR新潟駅から信濃川に架かる万代橋にかけてのエリアは、メディア系のビルのほか、路線バスや高速バスが発着する万代シテイバスセンターを中心に若い人たちをターゲットにした商業施設が充実しています。▼新潟駅前から続く東大通りには、金融銀行、保険関係などの大型ビルのほか、オフィスビルが点在するビジネスエリアです。▼上越新幹線の開業前後から急速に開発が進んだのが通称「駅南地区」。複合商業施設、ホテル、オフィスビル、タワーマンションなど、職住一体系の街づくりが進んでいます。
新潟では、これらのエリアを有機的に、そして効率的に結ぶ交通網の再構築を計画しています。駅周辺の再開発、公共交通機関のインフラ計画など、新潟は未来に向けて、よりよい暮らしのために、そして新産業創造を実現させるために、街並みの有り様を変化させようとしていました。
6次産業化"ニューフードバレー構想"は、農業という新潟が本来持っている宝を大切にしながら、その宝を礎にした産業創造です。加えて特区指定により、新潟の産業創造は大きく飛躍し始めました。「6次産業化の価値を膨らませて、さらに12次産業化の計画が実行されます」(新潟市経済部産業政策課)。農業、加工、流通を一体化させ、独創のブランドにしていく"ニューフードバレー構想"が見つめる先は、医療、福祉、子育て、観光、教育、環境領域との融合だそうです。 「農業をベースにしながらも、様々な価値や可能性をフル活用することで、新潟で暮らすというそのものが、新しい新潟のライフスタイルになっていく。地方創生の一つです」(新潟市経済部産業政策課)。
時代と共に街並みを変化させてきた新潟は、ニューフードバレーによる成長戦略と公共交通の再構築計画などによって、未来に大きく拓かれた田園型政令都市に発展をしていくものと感じました。 編集部ライター・渡部恒雄
■記事公開日:2014/11/28
▼編集部=構成 ▼編集部ライター・渡部恒雄=文・撮影 ▼KAME HOUSE=イラスト地図 ▼田園風景/資料等提供=新潟市経済部産業政策課