寿司職人が何年も修行するのはバカ。
そんな発言をして、かつてのIT長者が世間を騒がせたのは記憶に新しいことです。
この言葉が象徴するように、昨今は『凡事徹底』が軽んじられる傾向にあります。
凡事徹底とは、「基本の大事さ」を説いた心構えのこと。
こうした心構えが根付いているか否かで、
ビジネスパーソンとしての"体幹の強さ"が決まると私は考えています。
ところが昨今、若手ビジネスパーソンからこんな声が聞こえてきます。
基本なんて長々と続けるもんじゃない。もっと遣り甲斐のある仕事をしたい、と。
そこで今回は、「仕事の基本」をテーマに話を進めてみたいと思います。
努力の天才イチローの凡事徹底
「小さいことの積み重ねが、とてつもないところへ行けるただ1つの道」これは、努力の天才イチロー選手の言葉です。そんな彼の野球人生で最も誇れることは、高校時代の3年間、素振りを1日も欠かさなかったことだそうです。素振りはバッティングの型をつくる大事な基本。最近でこそバッターボックスに入る機会が減りましたが、かつてはスランプに陥ると、ひとり黙々とバットを振っていたようです。すでにとてつもないところに到達しているイチロー選手でさえ、スランプのときに頼るものは「基本」なのです。
こうした話を聞いて「なるほど」と思えるのは、ほとんど中高年の方ではないかと推測します。事実、「寿司職人修業不要論」が話題になったときも、ネット上では多くの若者が「修業不要」を支持していました。寿司の握り方なんてYouTubeを見て覚えればいい、寿司学校に通えば3か月で一人前になれるのに、挙句の果てにはロボットが握っても同じなど、ありとあらゆる「お手軽案」が飛び交う始末。管理職や経営陣の皆さんが、こうした発想をする若手といかに向き合うかは、深刻な経営課題ではないでしょうか。
3つの「ない」で基本に立ち返る
有効求人倍率が過去最大となった今、人材市場は完全な"売り手優位"です。それに伴い、若手の転職率も右肩上がりで、業界によっては死活問題にもなりかねない一大事となっています。私自身過去には転職経験があり、それを否定するものではありません。しかしながら、巣立った向こうに待っていたのは前職同様、基本の繰り返しでした。もちろんこれは半世紀近く前のこと。仕事のやり方も労働環境も今とは随分違いますが、仕事の心構えは今なお不変。凡事徹底が私の中には体験的に染み込んでいます。
同じような経験を持たれる管理職の皆さんが、その体験をどれだけ熱弁しようとも腑に落ちて理解する若手は少ないはず。むしろ疎ましがられるケースが多いでしょう。とはいえ手をこまねいているわけにもいきません。なぜなら組織として成果を上げてゆくには若手の成長が重要なファクターになるからです。ではどうすれば良いのか。それは、管理職が若手に対して「3つのない(褒めない・叱らない・教えない)」を貫いて、基本に立ち返らざるを得ない環境をつくることです。ただしこれには、かなり我慢が必要です。
人材マネジメントのセオリー
心理学では「褒めること」が必ずしも善しとはされていません。むしろ人を見下した態度であり、物事に主体的に取り組む気持ちを阻んだり、甘えた人間をつくると考えられています。こうした環境下では、いつまでたっても自立できない部下が育つことになります。逆に「叱られること」に慣れていない若手にとって、上司からの厳しい一喝は即モチベーションの低下に直結します。当然ながら、事と次第によりけりですが、若手と接する場合はあまり感情を露わにせず淡々と。これが凡事徹底に導く基本となります。
そして最後の「教えない」。ここは指導的立場にある方が最も心しなくてはならないポイントです。「口やかましい上司のもとで部下は育たない」これは人材マネジメントのセオリーです。一旦任せた仕事には必要以上に口出しをせず、聞かれたことに対してだけ答える。それで失敗しても構わない。そんなスタンスで向き合ってゆけば、若手は主体性を育み、仕事の基本に立ち返る習慣づけになるはずです。イチロー選手の凡事徹底も新人時代に仰木彬監督の「放任主義」があってこそ...これは少し大げさかも知れませんが。
"感情を露わにせず淡々と。これが若手を導く基本"
Yuji Seino
清野裕司
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。
株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp
■記事公開日:2019/01/11
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼画像素材=PIXTA