1970年代から80年代にかけて数を増やし、定着期を迎えたのが学習塾です。
それまではほとんど個人経営だった塾業界に企業が参入し始め、
今に至るいろんなタイプの塾がタケノコ状態に激増したのもこの時期です。
そんな塾業界では近年、吸収合併が頻繁に成され生徒獲得に向けた競争が熾烈さを増しています。
理由は少子化による生徒の減少に他なりません。
そして今後20年間で、選ばれて生き残る塾はほんの一握りとなり、
大半の塾は退場を余儀なくされるものと目されています。
塾ならずとも、それは多くのビジネスも同様のことが言えます。
サービスの受け手や商品の購入者が納得できる"良品"の提供をおこなわない限り、
これから生き残ってゆくことは極めて困難。
そこで今回は「良品の価値」を考えます。
成長神話の裏側にあったもの
1950年代に起った流通革命。その波の中で注目されたのは「良いものを、お安く、どんどんと」という考え方です。「品質向上」に努力するばかりでなく、なおかつ生産性を高めるために展開されたTQC(total quality control)運動。その背景にも、やはり、良いものを安く提供するといった考え方がありました。
その後日本は高度経済成長期へと突入しますが、その中にあっても基本的な指向性は変わることなく、今日に至るまで維持されてきたとみてよいでしょう。つまり、日本の"成長神話"の裏側には「良品を廉価で大量販売」という思想が根付いているのです。しかし今、そうした思考回路自体を再考する必要があると私は分析しています。そもそも「良品」とは何か。それは自分にとって好ましいものだと思います。他人がどう言おうが、自分のライフスタイルに欠かせないものは、廉価でなくとも「良品」であるはずです。
本当に欲しければ高くても買う
私の知人に、つい先ごろ1980年代に製造されたランドクルーザー(ランクル60)を手に入れた男がいます。高い耐久性で、世界中にファンを持つ大型クロスカントリー車に違いありませんが、今の時代、これほど手がかかり燃費も悪く、それに反して高価な車も珍しいでしょう。どこが良いのか私にはまるで理解できません。それでも彼は大満足で「生涯これに乗り続けます」と言うのです。奥方から文句を言われても、これから大きな維持費がかかろうとも、ランクル60は彼にとってかけがえのない良品なのです。
良品の価値とは、人から説かれて納得するものではありません。ましてや強制されるようなものでもありません。価値は購入者の主観で決めるものです。したがって、それら全てが"廉価"である必要はないのです。自分の懐と相談しつつ、本当に欲しい(必要な)ものなら、多少の無理をしても人はそれを手に取ります。誤解を恐れずさらに言えば、廉価な商品やサービスでもそこそこの満足は得られます。ただ、心底満足を得ようと思えば相応の価格が必要です。そしてそれを享受した人は「高い」とは感じないのです。
安さだけを求めるわけではない
冒頭で記した学習塾に話を戻します。近年は首都圏、関西圏を中心に中学受験人口が増えています。そのためにかける有名塾の費用は、小4から小6までの3年間で220万円から250万円が相場だそうです。この数字が高いか妥当か、こうした風潮が是か非かはともかくとして、肝心なことは、多くの保護者は有名塾の指導力と実績にそれだけの価値を見出し、「ここで教えていただけるのなら適正価格」と納得しているという事実です。そして20年後にも生き残っているのは、こうした塾だろうと私は思っています。
これからのビジネスは、商品やサービスの提供者側が「良品は適価であって然るべき」と思考回路を変えて、自社の商品やサービスのクオリティに磨きをかけてゆかなくてはなりません。顧客は安さだけを求めているわけではなく、自分にとってより良いものを求めているのです。今後、その傾向はますます強くなってゆくはずです。そこそこ満足できる廉価版の提供で「安易な値下げ、そしてたちまちの再値上げ」などということを繰り返していてはダメです。常に受け手の立場で、提供物の価値を見直すことが大事です。
"本当に欲しいものは、無理をしても人はそれを手に取ります。"
Yuji Seino
清野裕司
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。
株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp
■記事公開日:2020/01/14
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼画像素材=PIXTA