コロナを生き抜く③ 消費者はどんなモノを求めているのか
いいクルマや高級時計などには興味がないし、洋服にもあまりお金はかけたくない。
でも、大好きなゲームのためなら40インチものノングレアディスプレイだって購入するし、
たまにはミシュランの星付きレストランからお取り寄せもする。
最近、こういった消費行動を起こす若者が少なくありません。
そもそも、高価なクルマや時計、ブランドファッションなどは"人と会うこと"を前提に、
見栄を張ったり、面子を保つための消費行動です。
ところが、コロナ禍でその前提が覆ったことでマーケットは敏感に反応。
久しく言われてきた「モノからコトへ」という消費のパラダイムシフトが現実味を帯びてきました。
そこで今回は、バブル絶頂期との対比なども交えて、
これからの"モノづくり企業"の在り方を考えてみたいと思います。
時と共にモノは輝きを失ってゆく
少なからず在宅ワークを強いられる状況となり、改めて自分の生活空間を見回してみたところ、実にさまざまな"モノ"に囲まれて生活してきたことを再認識しました。自宅の一室には、テレビやパソコンが置かれていて、出勤する際に着用しているスーツやネクタイも同じ部屋に。さらには、もう何年も手にしたことのないモノもあれば、他人から見ればガラクタに過ぎないようなモノまであります。
思えば、長く消費者としてその時々の欲求からモノを購入してきたわけですが、時代は流れ、自らの生活スタイルが変わってゆくに連れて、それらの多くは輝きを失い、今の自分にとっては無用の長物になっています。当然ながら、家人からは「捨ててください」と強く"要請"されているのですが、どうにも捨て難く、今なお身の回りに取り置いている次第。「在宅ワーク期間は"断捨離"をする絶好の機会」などと言うミニマリストの評論家もいますが、私にしてみれば、余計なお世話です。
物質社会を描写した糸井重里のコピー
マーケターという仕事柄、街を歩いていて「これは面白い!」というものを見つけると、悦に入って購入してしまうことがあります。ところがそれらを持ち帰ると、「どのような場面で、いつ使うか」が判然とせず、日常生活に落とし込めない場合が多いのも事実です。モノは手に入れてしまえば自らの保有物になりますし、使っているうちにその良さを実感することもあります。しかし、使う場面が明確になっていないのに、インスピレーションに導かれて購入したモノは、即座に無用の長物と化してしまうのです。
今から30数年前、『ほしいものが、ほしいわ。』という広告コピーを打ち出して、小売業界の寵児になったのが西武百貨店です。1988年のバブル経済絶頂期、世の中にはモノが溢れ返っており、そんな時代の気分を糸井重里さんが見事にすくいあげた傑作コピーです。この広告の背景には、企業によってつくり出された欲望に踊らされ、本当に欲しいモノが分からなくなってしまった人々に対して、「西武百貨店ならそれがありますよ」というメッセージが隠されています。この頃が広告業界のピークで、糸井さんを筆頭に、消費社会に鍛えられた優秀な広告マンが数多く輩出され、日本が最も華やいだ時代でもありました。
時代は「モノ消費」から「コト消費」へ
『ほしいものが、ほしいわ。』以来、消費者の「欲しい」という欲求を満たし続けてきた企業も、数年前から「モノ消費」よりも「コト消費」を重視した事業展開へとシフトしています。「モノ消費」とは、商品そのもののデザインや最新機能など、ステイタスを手に入れる消費行動です。一方「コト消費」は、それを使用したり、体験することで、満足や感動が得られることを前提に対価を支払う消費行動です。
ではなぜ「コト消費」が注目されるようになったのか。それは、私たちの暮らしが物質的に満たされたため、「これ以上所有欲を満たすよりも、精神的な豊かさを手に入れたい」と考える人が増えたことが理由と言えるでしょう。つまり今は、バブル全盛期よりもはるかにモノが溢れていて、単に高価なモノ、珍しいモノを提供していても消費者は満足しない時代なのです。
バブル期を越えた成熟消費社会の今、消費者が求めているモノは『感動』なのです。こうした中で、モノづくりをおこなう企業が、消費者に対して"これまで以上の価値(精神的な豊かさ)"を与えるためには、そのモノが存在する時間や空間を想定して、さらには、そこに登場する人物までをも視野に入れた綿密なマーケティングをおこなう必要があります。そして、そうした取り組みの中にこそ、モノづくり企業がコロナ禍を生き抜き、アフターコロナに成長するヒントが隠されているのではないか。在宅ワークの期間中、身近なモノと触れ合う中でそう確信した次第です。
"成熟消費社会の今、消費者が求めているモノは『感動』なのです。"
Yuji Seino
清野裕司
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。
株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp
■記事公開日:2021/02/16
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼画像素材=Adobe Stock