不確実な時代を生き抜くために企業ビジョンは欠かせない
会社の存在理由と、大切にしている価値観を明文化したものを企業理念と呼びます。さらに、企業理念を追求した先に生まれる「将来どんな会社で在りたいか?」という問いに対する答えが企業ビジョンです。会社の将来像を思い描ければ、そこから遡って達成すべき目標を決めることができます。そして、これらが従業員にしっかり共有されていることが強い組織をつくる条件となるのです。
利益を上げることだけにフォーカスするなら、個人の脳力や仕事の効率性を上げることである程度は実現できるでしょう。しかしながら、「将来的にはこういう会社で在りたい」という理想の姿へ近づけて行くためには、個人のレベルアップのみならず企業としてのビジョンが不可欠です。
ビジョナリーな視点の重要性
1990年代、世界的に注目を集めたビジネス書に『ビジョナリー・カンパニー』があります。企業永続の原点は、カリスマ的な経営者の存在ではなく"揺るぎない価値観の共有"であると示し、未来に向けて変わることのない企業哲学の重要性を説いたベストセラーです。現在活躍している若い経営者にも影響を与えていて、サイバーエージェントのCEO藤田晋氏は学生時代にこの本を読んで勇気づけられ、本気で起業を考え始めたと話しています。そしてこの書籍の登場以降、ビジョナリーな視点を持つことの重要性が声高に言われるようになりました。
ビジョナリーな視点とは、平たく言い換えるなら『先見性のある企業ビジョン』と言うことが出来るでしょう。新型のウイルスや戦争などによって社会の不確実性が増す今は、確固たるビジョンとその共有がこれまで以上に必要で、理想とする会社の姿にブレずに進むための指針となることは間違いありません。
企業ビジョンと経営目標は別物
これまでの日本は、国が進むべき道を示したビジョンは2つしかなかったと言われています。1つは明治時代の『富国強兵』。もう1つは1960年代の『所得倍増』です。そして今の日本企業は、2番目の所得倍増の流れを汲んで"利益を最大化する経営目標"を掲げ、それを最も重視する傾向にあります。
しかしながら、先に記した『不確実性の時代に持つべき企業ビジョン』とは、将来的に会社のあるべき姿を明文化(なぜそうあるべきなのか、そのためにどう振舞うべきか)したものであって、会社の成長を利益ベースで考える経営目標とは本質的に異なります。そうしたことから企業ビジョンは、取り組みの成果が直接的な利益に還元されにくいこともあり軽視されがちです。そればかりか、将来的なビジョンを設けていない会社も少なくありません。
だからといって、経営トップのひらめきや思い込みで安易にビジョンを描いても従業員との共有は困難です。むしろ、「上の連中は、突然何を言い出すんだ」と、マイナスの影響を与えることの方が多いはずです。企業ビジョンは、全従業員が共感できる『会社の未来』でなくてはなりません。そして未来を想起するためには、今会社が置かれている環境分析が必要です。
また、「一応ビジョンはあるけれど、先代の社長の時からずっと変わらず...」といった古典的なものは刷新するべきでしょう。時代の変化に伴って、目指すべき会社の姿も変えていくのがエクセレントな経営です。
企業ビジョンに求められる3つの要件
誤解を恐れず言うならば、歴史ある企業よりも、ベンチャーやスタートアップの方が企業ビジョンの共有率が高いように思います。ベンチャーやスタートアップは少数精鋭で従業員の相対人数が圧倒的に少ないということもありますが、それだけに、自社の在るべき姿や将来像を従業員一人ひとりが"自分事"として考えているケースが多いように思います。そしてそこには、「自分たちの手で会社を成長させて行くんだ」という当事者意識が感じられ、頼もしく感じます。
企業ビジョンに求められる要件は幾つかありますが、まず第1には、"伝えたいことが見えやすいこと"が挙げられます。VisionはまさにVisualなものであり、将来像がはっきりとした言葉で示されていなくてはなりません。
第2には、努力次第で実現が期待出来ること。絵空事のような言葉で浮ついたものでは、従業員はもとよりステークホルダーとの共有は難しいと思います。
そして第3は、コミュニケートしやすい(言葉や内容)ものであること。歴史ある企業の方針には、往々にして抽象度の高い言葉(「和」や「真」など)が多く並ぶ傾向にあります。しかし企業ビジョンで示すべきは、会社が進むべき方向であり、「そのために我々は今、何をすべきなのか?」という問いへの解答です。つまり企業ビジョンは会社の意思表明であり、市場との対話の基点と言っても過言ではありません。
さて、御社の企業ビジョンは、不確実な時代に相応しいものでしょうか?
企業ビジョンは意思表明。
内容が絵空事では共有できない。
Yuji Seino
清野裕司
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。
株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp
■記事公開日:2023/03/13
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼画像素材=Adobe Stock