ほぼ半世紀強前に大学で『マーケティング』という言葉に出会いました。それは、1つの正解を導く学問ではなく、多様な解を考え出すアプローチであることを知り、「ならば、さまざまなビジネスフィールドで多様な解を探してみよう」と、長きにわたってマーケティング・スタッフワークを続けてきました。
「70歳を過ぎても好きな仕事を続けている清野さんは幸せものだ」という声を耳にすることがあります。しかし、ビジネスのフィールドは好きなことばかりがあるわけではありません。時には嫌なことも意に沿わないこともあります。ただ、嫌だと思ったことも"次なる自分を生み出す機会"と心得た時に嫌なことではなくなるもの。つまり、自分の心と会話したかどうかが問われるのです。「心こそ、心惑わす心なれ。心に心、心許すな」という沢庵禅師の言葉があります。困難に遭っても志(こころざし)を持った自分と向き合えれば歩み続けて行こうと思えるもの。今回は、私の心にある『マーケティング道』をお伝えします。
縁を思い起こしながら『知層』を発掘する
志を持って自分で考えたことは、メディアや書物などで解説される知識を越えて自分の解釈が加わった知見になります。更に経験が加わると知恵となって重なり合っていきます。さながら幾層にも積み重ねられた地(知)層のようなものです。それらは時おり再発掘して状態を検証してみると良いでしょう。地(知)層に厚みが増して盤石な知恵になっている場合もありますし、クラックが入り脆弱(時代遅れ)な知恵になっている場合もあります。
マーケティングを手段としてのみで捉えてしまうと、新しい地層は早々重なるものではありません。それよりも、自らの人生の「縁」を思い起こしながら『知層』を再発掘すると、なんらかの新しい発見が必ずあるものです。現在のビジネスは過去に蓄積されたモデルを使い回せる環境にはありません。自分の頭で創造(想像)することが求められ、今まで以上に新しい知恵の連繫が求められます。時代に相応しいエキスパートな人材ネットワークも必要です。マーケティングは『縁の連鎖』の創造活動だと私は捉えています。
デスクで数字を見ているよりも街へ出よう
人の目は、前(未来)を見るように形成されていますが、時にもう1つの目(心眼)を開いて、これまでと現在を見直してみることが、明日への道を切り拓いて行くためには必要です。過去の事実を細やかに読み解いても決して未来図は描けません。それは重々承知の上、過去を振り返り、その事実を否定せず、今目の前で繰り広げられている"不思議なこと"に思いを寄せ"差異"を考えることが大事です。
混雑した通勤電車の中でスマホを器用に操りながらゲームに熱中するビジネスパーソンが幼く見えるのはなぜなのか。同じく、揺れる通勤電車の中で細やかに化粧をすることは、もはや女性にとって"恥ずかしいこと"ではないのか。ポケモンキャラクターを捕まえようと多くの大人たちが躍起になっているのはどうしてなのか......、
さまざまな"不思議現象"が世の中には溢れています。次代を見るためにはデスクに座ってただ数字を眺めているよりも、人々が行き交う街角の息吹に触れて、その行動を見ていた方がこれから起きそうな変化に気づくのではないだろうか。寺山修司風に言えば「数字を捨てよ、町へ出よう」、これが私の信条です。
求められているのはスキルでなくセンス
マーケティングは未来に向けた仮説を考え出すことがその役割です。過去を解析するスキルを高めることも大切ですが、それ以上に「今起きていることがこれからの潮流になるか否か」といった捉え方をすることが大事。それは個々が持つ『感度・感覚』でありマーケティング・センスと言うことが出来るでしょう。
これからのビジネスに問われるのは「スキル」ではなく「センス」です。スキルを高めるためにはさまざまな方法がありますが、センスは人から習って高まるものではありません。主体的に多くの人やモノに触れて、その中から何かを学び取り、その人なりの感受性を高めることがセンスを磨く唯一の方法です。
人生には過去を消す消しゴムは与えられていません。先を描くペンだけが与えられています。行く先にどのような景色が見えるのか。それは歩み行くことでしか答えは見えません。今の時代に活躍する世代の邪魔をすることなく、描くは『未来』、守るは『夢』、動くは『今』を心しながら歩み行く道。それが私の『マーケティング道』です。これからも、共に歩み行く同好の士との出会いの縁があることを願っています。
描くは『未来』、守るは『夢』、動くは『今』
2013年3月のキープレス初配信当初からアドバイザーとしてご尽力いただいた清野裕司さんが、11月15日に急逝されました。今回のコラムは病床からお送りいただいたもの。最終話となります。長年のご愛読、ありがとうございました。
Yuji Seino
清野裕司
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。
株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp
■記事公開日:2023/11/29
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼画像素材=Adobe Stock