前回は、デザインが私たちの消費行動にどう影響するかについて考えてみました。少しおさらいをしますと、基本性能に大きな差がなくなった今は"デザインの良し悪し"が消費者意識を左右する大きな要素となる。これが私の見解です。ただこれは、あくまで"モノ"についての定義です。では"ヒト"についてはどうでしょう?
そこで今回は、最近よく耳にする『キャリアデザイン』について考察したいと思います。
キャリアとは、人の生き方そのもの
形の定まっていない自分の未来を、どのように形づくっていくかを考えること。それを「キャリアデザイン」と呼びます。一般的に「キャリア」という言葉は「成功体験の積み重ね」ととらえられがちです。もちろん誤りではありませんが、もっと広義に解釈すべきであるというのが私の自論です。では、広義な解釈とは何か。それは"人の生き方"そのものです。
人は生まれついた環境によって人生のデフォルト(初期設定)が異なります。裕福な家庭に生まれ育てばそれなりの暮らしをするでしょうし、その逆もまた然りです。しかし多くの場合、人はどこかのタイミングで自分なりの生き方を考え、それを実現させるための計画を立てます。
たとえば、医師を目指す人なら医学部に入り国家試験のクリアが大前提です。病に苦しむ人を救いたいと思っていても、気持ちや家庭環境だけでは医師にはなれません。医療を通して社会に貢献するためには、医学部に入る学力をつける努力が必要です。こうした営みこそがキャリアデザインの本質です。
若手のキャリアデザインには良きコーチが必要
キャリアデザインを考える上で、医師になるための道筋などは比較的分かりやすい抽象例ですが、すでに十分なキャリアを積み、かつて思い描いた未来を形にしてきた皆さんにとって、このテーマはいまひとつピンと来ないものかも知れません。しかし、視点を変えてキャリアデザインを考えてみると少し違った世界が見えてくるはずです。それは会社を形づくる上で極めて重要な経営課題である"若手社員の育成"についてです。
ここ近年、新入社員の離職率が問題視されています。原因の1つには、柔軟な発想ができるコーチ(管理職)の欠如があります。形の定まっていない若者が未来を描き、それを実現させるためにはステップアップのプロセスが必要です。本来、その指針を示すのがコーチの役割ですが、部下の弱みばかりに目を奪われて彼らの創造性を引き出せない、あるいは、既存のセオリーや自分の成功体験に当てはめて人を育てようとするあまり、若手の潜在能力を活かし切れないコーチが多いようです。これでは自分の将来を思い描くこともできません。結果、若者が会社を去っていくのです。
異端の才能を開花させた名将の眼力
「トルネード投法」の野茂英雄や、「振り子打法」のイチローなど、世界の檜舞台で活躍する野球選手のキャリアデザインを支援したのが、近鉄・オリックスで指揮をとった故・仰木彬監督です。野茂もイチローも今でこそ超一流プレーヤーとして球界にその名を刻んでいますが、デビュー当時はあまりのフォームの異端さに評価はさんざんなものでした。それを認めて使い続けたのが仰木監督です。仰木監督は、セオリーでは括りきれない二人の若者の潜在能力を見抜いて、結果が出るまで我慢しました。これが仰木監督が名将と言われる所以です。
一般企業にも同じことが言えます。突拍子もないアイディアだったり、前例のない取り組みはなかなか評価されません。よくビジネス誌などで「企業は異端児的な社員を求めている」といった見出しを見かけますが、多くの場合はその逆で出る杭は打たれます。むしろ、既存のビジネスセオリーを重視した人材育成をしているのが実情です。
つまり、形の定まっていない若手の未来が、会社の形に合うようデザインされていく。これほど不幸なことはありませんし、変化の早い今の時代は会社にとっても損失です。もしかすると御社にも、可能性を秘めた異端児が潜んでいるかも知れません。そんなとき皆さんは、どのような向き合い方をされるでしょう。若手の未来を信じて、我慢することができるでしょうか?
"若手のキャリアデザインは、会社の推進力にもなる"
Yuji Seino
清野裕司
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。
株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp
■記事公開日:2017/05/02
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼写真・イラスト=フリー素材