"ミスター赤ヘル"こと山本浩二さん。
広島東洋カープの第一次黄金期のスター選手として、5度のリーグ優勝と3度の日本一に貢献。
さらにカープ監督就任後は、1991年にリーグ優勝に導くなど、まさしく日本のプロ野球界が誇るレジェンドです。
そんな山本さんがお考えになる「個を伸ばし、強いチームをつくるセオリー」とは。
2017年度のドラフト会議の当日、たいへん貴重なお話しを伺いました。
クライマックスシリーズの結果については非常にショックでしたね。シーズンの流れからすればDeNAよりカープに分があるように思えましたし、OBとしては希望的観測も含めて、カープが日本シリーズに出て日本一を目指してもらいたいと思っていました。
敗因として考えられるのは勢いの違いです。短期決戦の場合は1つの負けが精神的に影響します。ちょっと上手くいかなくなると監督やコーチの気持ちの中に「これはまずいな」という思いが芽生えるのです。そしてその空気がベンチ全体に伝染してゆき、チャンスが巡ってきた時に選手は「ここでオレがなんとかしなければ!」と力んでしまう。カープの場合は、アドバンテージの1勝を含め、2勝2敗のタイになったときから最後までそうした力みが抜けず決定的なチャンスをたくさん潰しました。
その一方でDeNAは、タイに持ち込んだことで勢いに乗り、やること成すことすべて上手くいきました。逆にカープが勢いに乗れていれば、また違う結果になっていたでしょう。いずれにせよ、これがクライマックスシリーズのような短期決戦の難しさです。
本質的なところでは、カープの選手起用については、われわれの時代も今も変わるところはありません。選手たちは毎年キャンプで鍛えられ、首脳陣はチームとしての戦力分析を行い、その中で成長が感じられる選手にチャンスを与える。こうした流れは同じです。ただカープの場合は、若い選手を育てて成長するのを待つチームですので、他球団に比べて選手が力を発揮するまでに、どうしても時間がかかるのです。
私がカープに入団した頃には、衣笠祥雄や水谷実雄、三村敏之といった同じ世代の選手がいました。それぞれに強烈なライバル心を持っていたので、練習に身が入りました。その相乗効果で打線が安定してゆき、入団5年目の1975年にリーグ初優勝を果たしました。
同じように、今も、野手では田中広輔、菊池涼介、丸佳浩など年齢の近い若手選手が切磋琢磨して、徐々にチームの底上げを図っています。また奇しくも今日(10月26日)はドラフト会議が行われます。おそらくカープの1位指名は広陵高校の中村奨成でしょうが、その他にも若く優秀な選手が入団してくるでしょう。したがって、今年レギュラーで活躍した選手もうかうかしてはいられません。いずれはルーキーたちと熾烈なポジション争いになるでしょうし、また、これがカープの"若手を伸ばすセオリー"なのです。
ところがジャイアンツのようなチームは事情が違います。ジャイアンツは毎年優勝争いをしなくてはならないという宿命を背負っています。したがって、カープのように高校生をとって時間をかけて育ててゆくのではなく、ドラフトで優秀な選手をとった上に、トレードやFAでさらに即戦力の補強を行うわけです。ところが今年のシーズンはそれが噛み合わなかった。補強した選手が思うような活躍ができず、若い選手も伸びていませんでした。そのあたりを今年2年目の高橋由伸監督は痛感したんじゃないでしょうか。
こうしたチーム環境にあってベテラン選手はどうしているのか。一般的な企業に置き換えればベテラン選手はプロジェクトリーダーのような立場ですので、もちろん若手にアドバイスすることもあります。しかし言葉よりも、十分な実績を持ったベテラン選手が、チームの先頭に立って一生懸命練習する姿を見せる方が若手の気持ちは奮い立ちます。
そこを考えると、3年前に20億円ともいわれる契約金を蹴ってメジャーリーグからカープに帰ってきた黒田博樹とタイガースからカープに戻った新井貴浩の二人は、今の若手選手にとって非常に大きな存在になっていました。二人は人一倍ハードな練習に取り組んでおり、若手はそんな二人の背中を見ていたのです。そうすると若手の方も「大先輩がこれだけ練習をやるのだからオレたちもやらなければ」と思うようになる。これがカープの原動力になったことは間違いありません。ですので、この二人の功績はものすごく大きなものがあるのです。
選手というのは、技術的な探究心もありますが、常に不安を抱えていて、その答えを求めています。打てるだろうかとか、勝ち星を挙げることができるだろうかと、皆不安を持ちながら勝つための練習をやっています。そうした中で、十分な実績を持った二人のベテランの加入は若手にとって、技術面でも精神面でも頼もしい支柱になりました。しかも黒田は200勝という記録を目前にしており、新井には2000本安打という記録がかかっていました。そんな先輩のそばにいれば「なんとかしてこの人たちに、早く記録を達成させてあげたい」と思うものです。結果、それが昨年のリーグ優勝に結びついたのです。
優勝を目前にしたチームというのは不思議な化学反応が起こります。たとえば、1975年に初めてリーグ優勝するまでのカープは、誰もが自分の成績が第一のチームでした。ライバル視されていた選手が打席に入れば「凡打に終わればいい」とすら思っていましたし、当然向こうも同じ気持ちだったでしょう。ところが優勝が目の前になってくると、「頼むから打ってくれ!」と祈るような気持ちでライバルたちの打席を見ていたものです。あの時は、個人の成績は度外視して、皆が同じ気持ちになっていたと思います。
そしてチームが優勝すると「来年も同じ感動を」と欲がでます。もっと年俸を上げたい、次もタイトルを獲りたい、というのも同様で、1つの成功体験が普段の練習に向かうモチベーションを上げ、成長につながることは間違いありません。
ここで野球選手の壁となるのが年齢です。年齢がゆけば次第に体力も落ちていくため「去年よりハードにやらなければ」と、自分を極限まで追い込みながら練習に励みます。ですので、私は現役を引退するまでずっと苦しかったです。よく、楽しんでやるなどと言いますが、そんなことは入団してから引退するまで一度も思ったことがありません。引退が決まった時は「ホッとした」というのが正直な気持ちでしたね。
気持ちを奮い起こすということでは、ファンの存在も大きかったです。とくにカープは地元のファンの目が肥えているので、チャンスの時に三振でもしようものならすぐヤジが飛んできます。相手球場でのヤジはなんとも思いませんが、ホームの広島でヤジられるのはさすがに堪えました。それこそ、地元で酒でも飲んでいようものなら、「酒ばっかり飲んでるから打てないんだ!」と叱られますし(笑)。ただまぁ、そんな熱烈なファンの方々を失望させないことも練習に向かうモチベーションになっていたのは確かです。
野球チームのヒエラルキーは、監督を頂点に、それをサポートする中間管理職的な立場のコーチ陣がいます。そして、選手を厳しく鍛え上げていくのはコーチの役割です。しかし、黒田クラスの実績を持つベテラン選手に対してコーチはどう向き合うべきか。ここは難しい部分ですが、コーチの方も黒田の実績は当然分かっていますので、若手がコーチを飛び越えて黒田に教えを乞う場面に遭遇しても「どうぞ、黒田に聞きなさい」ということになります。それを「黒田に聞かずに、オレに聞け」と言うようなコーチがいたとすれば、それはコーチ失格です。
こうした部分は、一般企業でもシステム的にはそうあるべきだと思います。野球チームでも企業でも、目標を実現させるためにはそれぞれの方針があります。しかしその前提になるのは、まず個人の力の底上げに他なりません。そのためには、若手の方が主体的になって自分が参考にしたい先輩に師事を仰ぐことは決して悪いことではありませんし、そうある方が健全です。ただ、野球チームの目標は唯一つ"今シーズン優勝すること"です。一方、企業の場合は、目指す目標も、それを達成するまでの期間もそれぞれでしょうから人材の育成面についてはもう少し複雑な事情があるかも知れませんね。
人材の育成面という点で注目したいのは、やはり今年のドラフトの目玉となる早実の清宮幸太郎でしょう。非常にいい人材だと思います。だからこそ、妥協なく鍛えてくれるチームに入ることが大事です。高校生というのは、いかに体格が良く、パワーやスピード感があっても、やはりプロとはまったく違います。清宮はきっと精神的にも強いものを持っているはずですので、まずは監督やコーチ陣がお客さま扱いせず、厳しく接してあげることがプロで彼の才能を開花させる条件になると思います。
プロ野球の監督にはいろいろなタイプの方がおられますが、私の方針は「いかにその選手を知るか」ということでした。カープで10年間、2013年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも日本代表の監督を務めましたが、どちらの時もその方針は同じでした。とくにカープは若手選手が多いため、監督の方から歩み寄ることが必要です。たとえば、グラウンドで新聞記者と話していても、常にグラウンドに目をやりながら選手の動きを見ていて、ちょっと動きが悪いようなら、すぐに声をかけるようにしていました。ただそれは、選手に優しく接したり、甘やかすのとは違います。
われわれが若手の頃は、かなりのスパルタで、それこそ地に這うような練習を強いられました。それが上手くいって1975年のリーグ優勝につながりました。だから、というわけではありませんが、今のカープの監督である緒方孝市や、新井貴浩、タイガースで監督として指揮を振っている金本知憲なども、彼らがルーキー時代はかなり厳しく鍛えました。
しかし、今の時代はそうしたやり方は古くて、もっと選手の個性を尊重しなければならないと言われます。これは野球の世界だけでなくビジネスでも同じようなことがしきりに言われていますね。ところが、昔のやり方をいまだに変えていないのがカープです。昔ほどのスパルタではありませんが、四の五の言わず、若手は厳しく鍛え上げるという基本的なスタイルとしては変わっていません。
しかし、どれだけハードな練習をやっても「結果がでなければやっていないのと同じ」というのがプロ野球の世界です。そして、今日ドラフト会議で指名されるルーキーたちも、そんな茨の道を歩むわけです。
1946年広島生まれ。法政大学出身。ドラフト1位指名で広島東洋カープに入団。1975年に初の首位打者に輝き、チームの初優勝に貢献しその年のMVPにも選ばれた。強肩巧守のセンターとしてゴールデングラブ賞を10年連続で受賞。1986年、現役を引退するまでに、本塁打王4回、打点王3回、首位打者1回、MVP2回獲得。オールスターでの本塁打14本は歴代1位の記録。背番号『8』は広島東洋カープ初の永久欠番となっている。1989~93年、2001~05年と広島の監督に就任し、1991年にはチームをリーグ優勝に導いた。2008年野球殿堂入り。2013年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本代表監督。
時間をかけてでも、若手を厳しく鍛えて成長させることが、安定した戦力を備えた強いチームづくりの土台になる。目からウロコのお言葉でした。もちろん頭では分かっているのだけれど、ビジネスの現場はスピード化の時代。どうしても即戦力に目が行きがちです。しかし、成長している企業というのは、総じて若手が力を発揮しているもの。おっしゃることはまさしく正解なのです。そしてそのためには、より良いライバルと、より一層努力するベテランの存在が欠かすことができない。これが、山本浩二さんご自身が体験し、根付かせてきた"勝つためのカープ流組織論"なのです。大いに納得できるお話しでした。