官僚として長いキャリアをもち、
大ベストセラーとなった「女性の品格」の著者でもある坂東眞理子さん。
数々の成果を挙げてこられた、日本を代表するキャリアウーマンのおひとりです。
2007年から、昭和女子大学の学長としてリーダーシップを発揮して、大学の改革に着手。
「日本一志願者数の多い女子大」を実現させた仕掛け人でもあり、
理事長・総長となった現在も、附属のこども園、小学校、中学校、高校の改革を行っています。
そんな坂東さんがお考えになる、活躍できる女性のスキルと、リーダーの条件とは。
ぜひとも参考にしたい、たいへん有意義なお話を伺いました。
ここ20年ばかり、女子大はまさに"氷河期"とも言える状況にあります。「女子大離れ」が進み、軒並み志願者数が減少していることが要因です。
そもそも20世紀の女子大は、その時代の社会に期待されるような女子教育に注力していました。当時の社会が期待した女性像とは、いわゆる"良妻賢母"です。自分で直接社会に貢献するというよりも、夫を支えて出来の良い子供を育てることで、陰ながら社会に貢献するというもの。つまり、仕事を自分の人生の中に位置づけることを想定した教育を行っていなかったのです。それは昭和女子大学も例外ではありませんでした。
ところが21世紀に入ると、高齢化に伴い労働人口の不足が加速的に進み、そのような社会の変化の中で「女性たちにも経済を支えてもらわなければ困る」という時代になってきました。当然ながら女性に期待されるものが変わり、法律の上でも女性が仕事を続けることを可能にする枠組みづくりが始まりました。
そうした背景があって、女性が21世紀を生き抜いていくためにはどういった教育を行うべきかが問われるようになったのです。そのニーズに応えるべく、昭和女子大学では生き残りを賭けて改革を行い、少しずつ変身を遂げてきました。
昭和女子大学が改革の柱に掲げたのは「キャリア教育」と「グローバル教育」の2つです。もちろん共学の大学でもそれらの知識やスキルは教えることができますし、ここ数年の傾向として、とくにグローバル教育に力を注ぐ大学は増えています。
ただ、その知識やスキルを使って、どう生きるのか、どう働き続けるべきかということが女性向けには教えられていません。そこをしっかり教えるのが女子大の役割だと思っています。
一般論では、男女を問わず同じように知識やスキルがあればグローバルに活躍できるとか、キャリア形成が行えると言われがちですが果たしてどうでしょう。私には到底同じとは思えません。なぜなら、女性の場合はキャリアを積む過程で、男性を基準とした働き方と出産や育児をどう調和させるかという問題に直面します。その結果、仕事を辞めてしまうケースがまだまだ少なくありません。これは非常に残念なことだと思います。
私自身は、共学の大学を卒業して公務員(内閣総理大臣官房広報室)になりました。当時の公務員社会は完全な男社会でしたが、有能でありさえすれば女性だからといって差別されるようなことはないんだ、不平不満を言う人は能力がない証拠で被害者意識を振り回しているだけなんだ、というくらいに最初は思っていたんです。
ところがそうではなしに、社会に出たら学校の勉強ができるかどうか、或いは、いろんなことを知っているか否かよりも"非認知能力"とでも言いましょうか、人から好かれて、人と協力できて、上手くいかなくても諦めずにもうひと頑張りできるような、学力や知識とは違ったカテゴリーの能力が非常に重視されることを思い知り、大いに悩んだ経験があります。
とくに女性は、本来そうした部分の力を発揮しやすいはずなのに、キャリア志向が強すぎると、非認知能力を大事にしない傾向にあると自らの反省も含めて思います。つまり、現実の職場で求められるスキルと、自分が身につけるべきと思っていた能力の間にギャップがあって、その溝をどう埋めていくかが、実はこれからの働く女性の課題なのです。昭和女子大学では、まずそうした部分を根幹に据えて、女性の生き方そのものに直結した"夢を実現する上で土台となる教育"を行っていきたいと思っています。
実際の職場に目を移してみますと、日本の企業の管理職の方々は、男性の部下を育てるのは得意ですが、女性の部下に対しては手心を加えるというか、遠慮し過ぎるというか、あまりお上手ではないように思います(笑)。そこで私は講演などで「女性社員に3つの"き"を与えてください」と申し上げます。つまり「期待のき」、「機会のき」、そして「鍛えるのき」です。男性には当然必要なことだと皆さん思っているのですが、女性に対しては「そこまで無理してやらなくてもいいよ」という発想の管理職の方がまだまだ多い。そこに女性の力を阻害する1つの要因があると思っています。
とくに二の足を踏むのが3番目の「鍛える」ことではないでしょうか。それこそ今は一つ間違えれば、すぐに「パワハラだ」などと言われてしまいますからね。しかしそれは過剰反応です。鍛えるというのは、強い言葉で怒鳴りつけたり、無理強いしたりすることではありません。その人の現在の力が100%だとしたら、110%の能力が必要な仕事を与えること、つまり10%の負荷を与えることが鍛えることにつながるのだと思います。ところが多くの場合は、100%の力を持っているのに、女性だから失敗すると可愛そうだからと、80%、90%の力でできるような仕事ばかり与えているように思えてなりません。その結果、成長の機会も失われているのが現状です。
男女を問わず人間は、自分の能力より低いことをやっていると退化します。逆に、自分の実力より少し上に目標を設定されれば必ず成長してゆくものなのです。もはや日本の社会は、男性の力だけでは支えきれないほどに人手不足が深刻です。また、働き方改革が言われ、多少の企業差はあれ、昔のように深夜まで残業を強いられることも無くなってきています。つまり女性が力を発揮する条件は整いつつあるのです。各企業の管理職の皆さんには、ぜひ女性の力に大いに期待していただき、正しく女性を鍛えていただきたいと思います。
ひとえに女性の力を活かすと言っても、そのフィールドとしては大企業よりも中小企業の方が有利だと私は思っています。なぜなら個人差に着目した育て方ができるからです。この記事が公開される頃は、ちょうど新入社員の研修期間中でしょうか。そのような中で、一時期に新卒者を1000人以上採用するメガバンクや大手メーカーより、同期入社10人の中で、人材の個別状況を見ながら多様な処遇ができる中小企業の方がいろんな意味で魅力的です。この点に学生たちも気づくべきだと思います。
大企業の場合は個別の事情に配慮しようとすると依怙贔屓だとか、公平性が保てないということで「皆一律に」ということになりがちです。しかし、中小企業の場合は社員同士の目が届きやすい分、そのあたりは比較的緩やかです。だからこそ、大企業の真似をしてジョブ・ディスクリプション(職務記述書)をきっちりつくって「合理的経営を目指す」などという背伸びした方針は掲げずに、一人ひとりが抱える"個人的事情"を無視せずに柔軟に対応してゆく方が中小企業本来の強みが活きると思います。
また昨今は「売り手市場」などと言われ、新卒採用においては学生の方にイニシアチブがある時代です。それゆえ、中小企業の人材確保が極めて困難になっています。だからといって学生をお客様扱いした採用活動は先々良い結果を生みません。そこで採用ができたとしても、会社の実態が伴っていなければ3年も持たずに辞めてしまいます。むしろ、中小企業本来の強みである"フレキシビリティ"を前面に打ち出す方が、人材採用にも、会社の成長にもプラスに作用するのではないでしょうか。学生たちにキャリア教育を行う以上、学生と企業のマッチングも見過ごしてはいけない大事な点かと思っています。
私が昭和女子大学の理事に就任した2003年度の志願者数は約4,000人でした。それが2018年度は12,076人と3倍以上に伸びており、おかげさまで女子大としては日本一の志願者数になりました。志願者数の多い女子大に目をやると、いずれもキャリア教育に力を入れています。一方、昔ながらの発想で「良いお嫁さんを育てよう」という女子大は苦戦されています。その背景にあるのは、女性の価値観の変化です。だからこそ昭和女子大学もその後押しができるよう、まず"大学教職員自らの意識変革"を促し"大学のスタンスを変える努力"を続けてきて今年の結果につながったのです。
ただ、どのような組織であっても大きな変革を試みようとする場合、リーダーの掛け声一つで皆の気持ちが同じ方向に向くことはまずありません。当然ながら昭和女子大学も同じでした。古くからの教員の中には、「女性が社会に進出して苦労する必要はない。むしろ、愛と理解と調和を旨として"世の光となろう"という建学の精神を貫くべき」というお考えの方もいらっしゃいました。
そこで改革を行うにあたって、私がよく言っていたのは『不易流行』という言葉です。まず、不易(変えてはならぬもの)の部分は、昭和女子大学の「世の光となろう」という建学の精神。ここはきっちり踏襲します。ただ、今の時代が必要としているのはそれだけでなしに、グローバルな知識やスキルであり、自分のキャリアに直接役立つような、流行(変えるべきこと)の部分です。「ここを新しく付け加えていきます」と言って皆さんを説得しました。
ここで肝心なことは、何か改革を行おうとする場合は、過去の否定から入っても物事は変わらないということです。とかく「過去にとらわれず」とか「斬新かつドラスティックな変化を」といった掛け声が飛び交うことがありますが、過去は過去として肯定しつつ、端の方から少しずつ改革の核心に迫ってゆくことが大事です。それでも「変わりたくない」という人がいるわけですが、それはそれ(笑)。そこに必要以上の資源はかけず、粛々と改革を進めてゆけば良いのです。その結果、エビデンス(志願者数向上の根拠)を示せれば必ず人も変わり、改革も加速する。そう信じて忍耐強く続ける。それが私のやり方です。
大学理事長に求められる使命は、組織をより良い方向へ導き、結果を出すことに他なりません。そうした観点からすると企業の経営者と同じような職責を担っていると言えるでしょう。それを実現するためには、まず皆が納得できるようなビジョンを示すことが一番肝心なことだと思います。ビジョンがなくては正しい方向に進みませんし、途中で軌道修正もできません。
そして2つめは、それに対して持続的に志を保つことです。途中で挫けそうになっても、リーダーの方が諦めては何事も実現しません。そのためには、周りで応援してくれる人たちを力づけるためにも楽観的に振る舞うことが大事です。内心、「これは上手くいかないかな」と思ったとしても、悲壮感を露わにしてはいけません。「なんとかなるさ」「きっと上手くいくよ」と明るく振る舞うこと。それが大事だと思います。常にポジティブであること。どんな状況にあっても明るく振る舞えること。これはリーダーの最も大事な条件であり、役割でもあると思っています。
ただ、楽観的な態度を見せつつも、自分自身が誰よりも汗を流さなければいけません。それこそ「西郷南洲遺訓(さいごうなんしゅういくん)」の中に書かれているように、上に立つ者は部下が気の毒に思うほど一生懸命働いて、苦労している姿を見せることが大事です。部下ばかりに働かせて、神輿の上で左団扇で利益をむさぼるというのでは組織のリーダーは務まりません。またそうした環境を楽しめるか否かがリーダーの素養かも知れません。そうは言っても、何かと苦労が多く、笑ってばかりもいられないのが現実ですけれどね(笑)。
昭和女子大学理事長・総長。1946年富山県生まれ。東京大学卒業後、総理府に入省。
ハーバード大学留学を挟み、統計局消費統計課長、埼玉県副知事、在豪州ブリスベン総領事、総理府男女共同参画室長、内閣府初代男女共同参画局長を務め退官。昭和女子大学教授、副学長などを経て同大学学長に就任し、現職に至る。女性の生き方や働き方に関する著書が多く『女性の品格』『親の品格』(PHP新書)がベストセラーになる。
インタビューの中で、坂東さんはこんなことをおっしゃいました。「女性が育児休暇を取るのは良いことです。しかし"当然の権利"という顔をしていてはいけません。迷惑をかけて申し訳ありません、と低い姿勢であるべきです」。非常に示唆に富んだお言葉だと思いました。女性のキャリア形成が語られる時、とかく言われがちなのが"会社の無理解"です。しかしながら、理解以前の問題として"組織人としての在り方"が重要だと坂東さんはおっしゃいます。
このバランス感覚こそが、長年、男社会に身を置き、培ったスキルだと思いました。また、そんなスキルを持ったリーダーを得たからこそ、昭和女子大学は変身できたのではないでしょうか。