リーダーズ・アイ リーダーズ・アイ

リーダーズ・アイ

悩みを欲しがる上司が現れて、いい方向に向かえば、従業員の当事者意識は、自然と育まれていくはずです。

元ファーストリテイリングの最年少上席執行役員として、ビジネス界にその名を馳せた神保拓也さん。現在は「人に寄り添い、悩みに向き合う」をコンセプトとした悩み相談事業を企業と個人に展開する株式会社トーチリレーの代表取締役を務めておられます。
他人の悩みを聞くことは誰しもあると思いますが、それを得意とする人はなかなかいないと思います。むしろ「他人の悩みには出来るだけ関わりたくない」という人の方が多いはずです。そうした悩みに真正面から向き合い、徹底的に寄り添うことで、本人も気づいていない悩みの本質を引き出すのが、今、神保さんが取り組んでいらっしゃる仕事です。肝心なことは、悩みを解決するだけではなく、悩みの中に潜んでいる情報を取り出して、それを成長の糧にすること。コンサルでもコーチングでもない"悩みの伴走者"として、現在、引く手あまたの神保さんに貴重な話しをお聞きしました。

悩みと向き合い、心に火を灯す

一般的に悩みというのは忌み嫌われていて、一刻も早く解決したいと思うものです。でも実は、悩みの中には人や組織の可能性を引き出す実践的な情報が隠れていて、それを簡単に捨ててしまうのは宝の持ち腐れです。
だからこそ悩みを抱えた時は、すぐに解決しようとするのではなく、悩みと向き合い、悩みの在り処を突き止め、その中にある情報を取り出す過程で悩みのコアを見定めることが大切。それさえ出来れば、消えかけていた心の火が明るさを取り戻し、本質的な悩みの解決にも繋がります。こうした作業を相談者と一緒におこなっていくのが、私たちが提唱している『トーチング』です。
悩み相談を事業化しようと思ったきっかけは、社会人になりたての頃に体験した挫折が影響しています。大学を卒業して勤めた都市銀行には、頭脳明晰な方が多く、「とてもついていけない」と次第に考えるようになったのです。しかし、職場はいつもピリピリしていて相談できるような空気じゃない。結局は誰にも相談することなく、メンタル不調を抱えながら働いていました。
2年目になって新入社員が入ってくると、「彼らには自分と同じような思いをして欲しくない」という思いが芽生え、新人の悩み相談を買って出ました。もちろん大袈裟なものではありません。お酒を飲みながら悩みを吐き出してもらえれば、といった程度に考えていたのですが、後輩たちは真剣そのもの。こちらが冷や汗をかくほど高度な実務レベルの質問攻めに遭ったのです。
質問をされたからには解決の糸口くらいは示さなきゃいけない。彼らの問いに答えるため、徹底的に下調べをして私なりの答えを伝えました。そうした作業をルーティーン化した結果、最終的に一番成長したのは私自身でした。他者の悩みや問いかけに向き合うことは、相手の心に火を灯すことになるし、巡り巡って自分の心にも火が灯る。そのメカニズムに気づいたことが、現在のトーチングに結びついています。

部下の悩みの中に、変革のヒントがあった

経営のスリム化が求められる昨今は、「従業員に当事者意識を持たせるにはどうしたらいいだろう」という相談をよく受けます。しかしながら、当事者意識を考えながら仕事をしている従業員はそれほど多くないのが現状です。
私は、銀行に5年間勤めたのち、コンサルティング会社で企業再生などを手掛け、2010年10月にファーストリテイリングに入社。35歳で、執行役員に就任して物流部門の変革を任されました。
当時の物流部門は、海外の工場で大量生産された季節性の高い商品が、シーズンの数カ月も前から日本の倉庫に溢れ無駄なコストが発生していました。
当然ながら出荷遅れも珍しくなくクレームは日常茶飯事。"お詫び行脚"に奔走するスタッフたちのモチベーションは下がる一方でした。
こうした危機的な状況下で、物流素人の私が変革を成功に導くためにしたことは、悩みを集めることです。「物流の知識は乏しいけれど、スタッフたちの悩みを深く知れば、必ず何かが見えてくるはず」と信じて、彼らが抱えている悩みを徹底的に集めて回りました。そこで見えてきたのが、"変革すべきは物流部門のプロセスだけではない"という問題の核心です。この核心に基づいて、現場の意見をまとめ経営トップに改善策を提案。倉庫の全自動化という大変革を成し遂げることが出来たのです。このことで、物流の変革はもとより、スタッフたちの意識が劇的に変わりました。
誰だって、どうせ働くのなら、頑張りたいし、遣り甲斐を感じたいと思っているのです。でも、「新しい提案をしたところで、どうせスルーされるだけ」と、諦めている方があまりにも多いように思います。そこに悩みを欲しがる上司が現れて、いい方向に向かえば、消えかけていた心の火が再燃して、主体性が芽生えていくのは当然のこと。従業員の当事者意識はこのようなプロセスから育まれていくのです。

リーダーシップの最初の一手はゴミ拾い

よく言われるリーダーシップには、先頭に立って引っ張るリーダーシップと、後ろから支えるサーバントリーダーシップの2つがありますが、私は、第3極の『悩みを欲しがるリーダーシップ』が最も肝心だと考えています。なぜなら、リーダーシップを最適に発揮するためには、放置されているいろんな悩みを把握して情報を持っている必要があるからです。これからの組織には、部下の悩みにフォーカスして、課題解決の糸口を見出す『悩みを欲しがるリーダーシップ』が欠かせません。
ところが、「日々の仕事に追われて、個々の悩みに耳を傾けているヒマはない。どうすればいいだろう?」という相談が非常に多いのです。そうした問いに対して、まず私が返す言葉は、「部下の悩みを欲しがらずに仕事になりますか?」というものです。
一般的な上司と部下の関係ですと、「部下の様子がおかしいな」と感じていても、話を聞くのは、かなり後回しになると思います。私の感覚からするなら、この時点でリーダー失格です。部屋の掃除に例えてお話ししますと、多少部屋が散らかっていても「時間がある時に掃除をすればいい」と考えるのが普通です。しかし私は、部屋の掃除はトッププライオリティに置くべきだと考えています。なぜなら、部屋が汚れる理由は何か、誰がここにゴミを置いているのか、ゴミを出すルールはどうなっているのか。これらをしっかり把握していないと部屋を綺麗に保つことは出来ません。これはリーダーシップも同じです。
自分たちのオフィスが一向に片付かない(経費削減がおこなわれない)のはなぜだろう?と思って、帳簿に目を通していたら、月末になると別の部署から大きなゴミ(保管料のかかる不要不急の商品)が送り込まれてくることに気づいた。そこでスタッフに話を聞いてみると、現場ならではの生々しい悩みが出てくる。「なるほどね。あなたが抱えている悩みと、部屋を汚しているゴミの正体、繋がるわ」となり、会社の課題とその原因が見えてくる。こうした気づきがあって初めて改善や変革が進むのです。つまり、リーダーシップの最初の一手はゴミ拾いであり、そのゴミについての情報はスタッフの悩みの中にあるはずなのに多くの方がそれを後回しにしている。「いつまで経っても会社が変わらない」と嘆いているリーダーは、そこに気づいていないのです。

部下と話が合わないと、すぐに「ジェネレーションギャップ」などといった言葉が使われますが、私は、上司と部下の間にジェネレーションギャップや価値観の違いといったものは存在しないと思っています。そこにあるのは単純に、モノを見るときの認識のズレに過ぎない。そしてこれらは、トーチングの3つの基本姿勢に則れば解決できる問題です。

1つ目の基本姿勢は、個々に向き合うことの大切さです。指導的立場にある方々の中には、自分の部下を「部下」という言葉と概念で一括りにしている方が少なくありません。本来的には、鈴木さん、佐藤さん、加藤さんといった個人であるにも関わらず、上司にとっては皆同じ「部下」に過ぎない。これではまるで、チワワを見てもゴールデンレトリーバーを見ても「あ、犬だ」と言っているようなものです。つまり、大きな主語に向き合っている上司と、「自分」という主語に向き合って欲しい部下。ここに認識のズレが生じるのです。部下の心に火を灯すには、まずは一人ひとりに向き合って、その個性に寄り添うことが大切です。
2つ目は、自分の言葉ではなく、相談相手の悩みを主役に据えることです。時として上司の方々は、自分の言葉で部下の心に火を灯そうとします。いいこと言ってやろうとか、俺が若い頃の武勇伝を聞かせてやろうと張り切ってしまう。気づいたら上司が部下のマウントを取っていて、「俺がお前と同じくらいの時は、ネチネチ悩まなかったぞ」などと、最後は叱られモードで終わる本末転倒なケースも少なくありません。これでは、部下の心に火を灯すどころか、心の火を消してしまうことになり兼ねない。大切なことは、「どう言えば相手の心に火を灯せるか」を考えることではなく、「彼(或いは彼女)が心に火を灯せていない理由は何なのか」と、相談者の悩みに興味を持つことです。

3つ目は、相談者の悩みを自分のこととして考え、相手以上にその悩みに深く向き合うことです。表面的なアドバイスで、立ち直らせようとか、主体性を持たせようと考えるのではなく、まずは自分が相手の立場だったら悩みにどう向き合うかを深く考えてみることです。そのことによって双方が歩み寄れれば、認識のズレはどんどん埋まっていきます。

事業変革は経営トップの第一歩から

「事業変革が進まない」これには2つの論点があります。1つ目は経営者の本気度が足りないことです。朝礼などで、「当社は変わらなくてはいけない」と力説するのは結構ですが、経営トップの仕事は、変革の旗振りではなく、会社の業績や将来に影響を与えるであろうオペレーションモデルの導入に向けて、自ら一歩を踏み出すことです。
ところが多くの経営者は、従業員に最初の一歩を踏み出させる算段ばかり考えて、「今の会社は問題だらけだ!ここで変革しなければ、この船は沈むぞ!」と叱咤激励する。当然ながら心の中では、「誰か早く手を上げてくれよ。そして最初の一歩を踏み出してくれ」と思っているのです。ところが、リスクを負いたくないので誰も手を上げようとしない。すると今度は「なぜ変革が必要か」と猫なで声で諭し始める。従業員にしてみれば「勘弁してくれよ」です。これが事業変革に着手できない一番大きな原因です。 2つ目は局地戦で勝ちに行くという変革の手順です。オセロを思い浮かべてみてください。オセロの盤上は黒い駒で埋め尽くされた状態で、これを白に変えるのが「変革」というゲームだと考えます。一気に裏返すことは不可能なので、まずは1枚、局地戦の一点突破を考えて、どこを白に変えれば勝機を見出せるかに全集中します。もちろんプレーヤーは経営者です。
そこで黒が白に変わるというファクトを作ることが出来れば、それを見ていた従業員の心に火が灯ります。従業員は経営者が思っている以上にトップの一挙手一投足を見ているもの。「社長が初めの一歩を踏み出したら、1か所だけだけれど、黒い盤面が白に変わった。俺たちが後に続けば、真っ黒だった盤上を真っ白に変えることが出来るかも知れない」。そう思わせることが、変革に向けたセオリーなのです。
Leader's Profile
神保 拓也 Jimbo Takuya

1981年、神奈川県横須賀市生まれ。三菱UFJ銀行、外資系コンサルティング会社を経て、ファーストリテイリングに入社。人事部でのグローバル人材の採用や、社内経営者育成機関の立ち上げ・運営の実績を評価され、35歳で最年少の執行役員に抜擢。業務未経験ながら物流の改革責任者に就任し、人材育成を軸として、チーム一丸により倉庫の自動化を中心とした新しい体制をわずか2年でスタートさせる。その成果から全社改革の責任者も任され上席執行役員となる。その後、部下・同僚・チームの悩みに向き合うことが、自身の成長にも、組織の成長にもつながると確信。「人に寄り添い、悩みに向き合う」をコンセプトとした株式会社トーチリレーを2020年に設立。心に火を灯す「トーチング」面談や、企業の悩み相談などのサービスを提供し、「心の聖火リレー」を提唱している。

「悩みは欲しがれ」
部下・同僚・チーム、あなたの心に火を灯す新常識
KADOKAWA ¥1,450(税別)
https://www.torchrelay.net/
取材後記

インタビューの最後に、「神保さんご自身は、悩みを他人に相談しますか?」と聞いてみた。その答えが秀抜でした。「もちろん相談します。悩んでいる時くらい堂々と他者の力を借りるべきだし、その方が自分の悩みに真正面から向き合うことが出来る。私は、自分の悩みに自分独りでは向き合えないと自覚しています」と。確かに、「どうしたらいいだろう?」と深く悩んでも、正解らしきものが見つからないことがあります。ところが、他者を介したことによって、自分の悩みとプラクティカルに対峙することができ、答えらしきものが見えてくることがあります。「私は悩みとの向き合い方が上手いんです。ただそれは、独りで悩みと向き合う上手さではなく、他者を堂々と頼る上手さなんです」とおっしゃった神保さん。悩み多き現代人に寄り添ってくれる新しいタイプのリーディングパーソンでした。

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■記事公開日:2022/10/24 ■記事取材日: 2022/10/11 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久

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