リーダーズ・アイ リーダーズ・アイ

リーダーズ・アイ

自分で描くビジョンだけではなく、最大公約数から方向性を見出していく。

3月18日に公開された映画『3月のライオン』が話題を集めています。
そのメガフォンをとったのが、大ヒット映画『るろうに剣心』などの話題作を
次々に世に送り出してきた大友啓史監督です。
俳優、スタッフをあわせ100人を優に超えるビッグプロジェクトをまとめあげ、
クオリティの高い映画づくりを行う秘訣は何か。お話しを聞きしました。

映画監督には"会社"という後ろ盾がありません。ですので、何もしないで黙っていれば仕事はない。仕事がなければお金も入ってきません。つまり、すべてはゼロです。僕の場合も2011年にNHKを退局してフリーランスの映画監督になったので状況は同じです。NHKの局員時代も自分が好きなテーマでドラマを撮ろうと思えば企画を出してそれを通す努力は必要でしたが、主体的な働きかけを行わない人でも選り好みをしなければ仕事はあるし、サラリーだって貰えます。したがって、生活のことだけを考えればサラリーマンクリエーターでいた方が安定しています。

幸いにして僕は、NHKを辞めるときにワーナー・ブラザースと複数本監督契約(※)を結んだことでしばらくの間はボトムの安定が見込めましたが、お粗末な映画を撮ってしまえば次は声がかからなくなる、そういう覚悟で仕事に臨んでいました。有難いことに『るろうに剣心』が大ヒットしてくれたことで、多くの映画関係者からさまざまな打診をいただくようになりました。今年の3月18日に前編が公開された『3月のライオン』もそうした延長線上にある作品です。(※ワーナー・ブラザースとの複数本監督契約は日本人初)

『るろうに剣心』以降は、アクションの企画ばかりが持ち込まれるのだろうと思っていたんです。ところが蓋を開けてみれば、これまで僕が手がけたことのないようなジャンルの映画を撮って欲しいという打診が多かった。『3月のライオン』にしても、ベースとなっているのは17歳の天才プロ棋士の成長を描いた青春物語で、僕にとっては未知のジャンルです。とはいえ、単に若さを売り物にしたストーリーではなく、根底には「限界状況の中で人はどうそれを乗り越えていくか」という強いテーマが潜んでいます。同じ青春物語でも、人気役者ありきで"壁ドン"の恋愛ものを撮って欲しいというリクエストであったら「別の方にお願いしてください」と言ってお断りしていたでしょうね。

もちろんオファーをいただくことは嬉しいことです。ただ、どうせやるなら僕でなければできないものを企画選びの基準にしたいと思っています。1本の映画をつくるには、準備期間から公開までに2、3年の年月を費やします。加えて、大勢のスタッフと莫大なお金が動くビッグプロジェクトでもあります。したがって"来る者拒まず"といったスタンスで安請け合いすることは、僕の場合はなかなかできそうにありません。偉そうに言うつもりはありませんが「自分がそこに関わる価値があるのか、それによってその企画の価値を上げることができるのか」というところは必ず考えます。映画はさまざまな局面で監督の主張が作品の行方を左右します。監督が誰よりも強い信念を持ってその作品に向き合っていなければスタッフはその主張に耳を傾けませんし、そうした現場からは良い作品は生まれてきません。

人様に胸を張って語れるようなリーダー論は僕にはありません。ただ1つ言えるのは、リーダーといわれるポジションにいる人は、そのプロジェクトの中で誰よりも必死になって楽しんでいないとダメなのではないかということです。上っ面ではない姿勢を見せないと人は絶対についてこない。それだけは断言できます。その反面、リーダーにとっての仕事とは自己満足の要素も高くて、人が見過ごすような細部にもとことんこだわって、自分が納得できるまで何度でもNGを出したりもする。そうした独善性とパワーを持っていないとリーダーにはなれないのではないでしょうか。

だからこそ、一度そのポジションについたなら最後まで責任を持たなくてはならないのです。USCで観たターミネーターのエンドクレジットではありませんが、映画監督の名前が最後に出るということは「すべての責任は私にあります」と宣言しているようなものです。映画づくりにしてもビジネス上のプロジェクトにしても、リーダーシップをとって舵を切る人は、何があろうとも途中で船を降りるわけにはいきません。最後まで船を操って、どのようなカタチであれ無事着岸させる責任があります。その覚悟と腹を決められるか否かがリーダーの資質かと思います。

NHKでドラマ製作をしていた頃に、アメリカに留学する機会がありまして、USC(南カリフォルニア大学)などで映画製作を学びました。そこで最初に観せられた映像が、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ターミネーター』のエンドクレジット(製作にかかわったスタッフ名の紹介)でした。それは7、8分にも及ぶ長いもので、ものすごい人数のスタッフが紹介されています。8分もの間延々と続くクレジットを見せられるのはさすがに苦痛です。では、そこにどんな意味があるのか。それは、映画製作の現場には実に多様な仕事があって、多才な人々がかかわる"とてつもなく大きなビジネス"であることを知り、映画監督を目指す学生たちは、監督とはアーティストであると同時に、ビッグプロジェクトを"成功に導くプロジェクトリーダー"であることを痛感することにもなります。それは僕にとってもちょっとした衝撃でした。

アメリカから戻り、NHKで『ハゲタカ』という経済ドラマの演出するにあたって、さまざまな企業の経営者やリーダーにお会いして話を聞く機会がありました。その時思ったのは、映画監督も企業のリーダーも置かれている状況は基本的には一緒なのだということです。向き合うビジネスが長期的なビジョンに基づくものか否かの違いはあっても、1つのプロジェクト(作品あるいは事業)に最初から最後まで関わって、その成果や評価に対して責任を持つのもリーダーの仕事です。とかく映画は"総合芸術"という視点で語られがちですが、そうした側面を承知しつつも「俺たちがつくっているものは観客からお金をとって成り立つ"商品"である」という意識を、映画監督は誰より強く持っていなくてはなりません。

映画製作は作品ごとに異なるスタッフが集まってくるため、その都度彼らが納得できる方向性を示し、鼓舞する言葉を持つことが監督の大事な仕事になります。下手をすると監督の言葉ひとつでやる気を削いでしまうことにもなりかねないためここは非常に重要です。とはいえ、映画のスタッフはほとんどがフリーランスのプロ集団ですので、こちらが口やかましく言わなくても主体性を持って仕事に取り組むスキルは持っています。したがって、フラストレーションはNHKにいた頃よりも減りました。
フリーランスは手がけた仕事の成果次第でそれ以降の自分の仕事の単価も決まります。ところが組織の技術者たちは、下手をすると組織という後ろ盾があるがゆえに、必ずしも全員がそうしたモチベーションで仕事をしているわけではありません。当事者意識とでも言いましょうか、自分なりのビジョンを持って仕事に取り組む人がそんなに多くはなかったように思います。

大げさに言えば、フリーランスのスタッフは1本1本の作品に生活がかかっているのです。だからこそ彼らは自分の仕事をとことん追求して、そこから導き出したアイディアを積極的にアピールします。そうしたアイディアは大切にしたいし、それ次第で演出の方向性が変わることもあります。もちろん映画づくりは、最終的には監督のビジョンをカタチにしてそれを世に問う共同作業ですが、それぞれのスタッフが自分の持ち場で主体的な営みを行い、仮にそれが監督のビジョンと異なっていたとしても、優れたアイディアならばそちらをためらいなく採用する勇気も時として必要です。そこで自分のビジョンに固執していては良い映画はつくれません。

1つの事業を完遂しようとした場合は、リーダーの頭の中にある発想だけで物事の方向性を決めるのではなく、最大公約数(スタッフの主体的な営みから出てくるアイディア)の中から方向性を見出していくことが良い仕事をするもう一つの側面だと僕は考えています。
たとえば、優れたカメラマンの中には、ロケハンに行っても僕の後ろを大名行列のようについてくるのではなく、いつの間にかいなくなって自分なりのイメージで撮りたい場所を探してきて提案してくれる方もいます。時にそれは、僕が描いていたビジョンをブラッシュアップしてくれることにもなります。仕事のやり方としては、そちらの方が健全です。仕事とは、自由意志を持った人と人とのつながりが作り上げていくものですから。でも残念ながら、自由にものを言える風土のない組織やチームの中では、そうした人は「勝手なことをしやがって」と批判されて孤独になりがちです。
逆に、監督からの指示がないと動けないカメラマンもいます。僕の尺度では、そうした人はカメラマンではなくオペレーターです。そして、指示通りの撮り方に慣れた人は「好きな画を好きなように撮ってください」と言われると途端に撮れなくなってしまう。つまり、自分の主体性のようなものがなくなってしまうのです。こうした人は重宝される部分もありますが、少なくとも僕は一緒に仕事をしたいと思いません。

役者の場合は他者の人生を演じるわけで、カメラや照明のように、ここからこう撮ればもっといい画がとれるといった比較もできなければ正解もありません。そもそもフィクションの世界に生きる人物について「こう演じることが正しい」などとは言えるわけがないのです。したがって、僕の演出方法の基本は雑談です。「俺はこう思うけれどキミはどう思う?」という投げかけを頻繁に繰り返し、その途中で衣装が決まり、髪形が決まり、外堀を構築していく過程でも雑談を延長させて、ゆるゆると実像としてのイメージを固めていく。そして最後は、演じる者の感性に委ねてみて、どうスパークするかを見極めていく。

『3月のライオン』でも、主演の神木隆之介くんにはこうリクエストしました。「まずはキミが考えている桐山零を見せてよ」と。もちろん僕が「こんなふうに動いて」と細かく演出をつけていくのは簡単なことです。当然僕の頭の中には僕なりの「主人公・桐山零」が存在しますので。でも演じるのは僕じゃない。あくまでも神木くんです。ならば彼が想像力をフル回転させて、彼なりの"桐山零"を自分の中に構築しなくてはなりません。いうなれば、実在しない他者の人生をいかに深く演じきれるかが役者の力量ということもできるでしょう。その結果、僕が考えていた感情表現とはまったく違ったものを見せてくれる場合もある。時にそれは、画面に強烈なインパクトを与えることにもなります。映画というのは、そうした作業を積み上げていくことで脚本に書かれていたストーリーが徐々に立体的になっていき、1本の作品として仕上がるのです。

僕は役者と一緒に食事をしたりお酒を飲んだりすることを実はあまり好みません。もちろん人にもよるし、TPOにもよるのですが、役者と仲良くなることはあまり意味がないと考えているからです。むしろそうした関係を築いてしまうと情のようなものが芽生えてしまい言うべきことが言えなくなってくる。それはお互いにとって必ずしもプラスではない。一つの仕事に向き合う時には、お互いの緊張感や距離感がとても大切です。つまり「良い映画づくりをしたい」という思いと「役者と仲良くする」という行為は相対的な関係にある。あくまで僕自身の気持ちの問題でもありますけど、役者とは常に一定の距離を置いていたい。それが基本的なスタンスです。そもそも映画づくりというのはすべてにおいて相対的なものです。強くて面白い脚本があれば安心してしまうので作品がダメになっていく場合もありますし、逆に、脚本に力が感じられなければこちらが必死になって良い結果になる場合もあります。

一般の企業でも、過剰なサラリーを得ると途端に働かなくなる人がいるように(笑)、過不足なく、いい環境で仕事をしていると撮影もぬるくなりがちです。逆に、撮影が深夜まで長引いてみんながイライラしてきたりすると、すごく良いパフォーマンスを発揮する場合もある。火事場の馬鹿力ではありませんが、限界状況に追い込まれたからこそこの演技ができた、この仕事ができたということは多々あります。ですので、労働環境は必ずしも良いとはいえない映画業界ですが、だからといってそれを改善すれば良い映画がつくれるのかというとそうとは限らない。厳しいくらいの方が結果的には良い仕事ができたりもする。難しいものですね。僕自身のことを考えても「いい温泉宿を用意したのでゆっくり脚本を書いてください」などと言われたらきっと書けなくなっちゃう。お酒を飲んで楽しくなって、脚本なんてどうでもよくなってしまうでしょうね(笑)。

Leader's Profile
大友啓史 Keiji Otomo

1966年岩手県盛岡市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1990年NHK入局。1997年から2年間L.A.に留学。帰国後、連続テレビドラマ『ちゅらさん』シリーズ、『ハゲタカ』、『白洲次郎』、大河ドラマ『龍馬伝』等の演出、映画『ハゲタカ』の監督を務める。2011年NHK退局後、株式会社大友啓史事務所を設立。2012年『るろうに剣心』、2013年『プラチナデータ』を公開。2014年夏、映画『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』2作連続公開、国内外の賞を受賞。2016年『秘密 THE TOP SECRET』、『ミュージアム』を公開。『3月のライオン』前編上演中、後編4/22(土)より公開。

編集後記

個性豊かな俳優陣や、ひとクセもふたクセもあるスタッフたちの先頭に立って1本の作品をつくりあげる映画監督という仕事。その渦中は、肉体的にも精神的にも並大抵の苦労ではないとおっしゃいます。にもかかわらずしばらくすると、また新しい映画の企画と向き合っている。一度足を踏み入れたら、抜けるに抜けない魔力のようなものがあるのが、映画製作の現場だそうです。職場の環境整備が強く言われる昨今ですが、本来仕事とは、働きやすく整備された環境や待遇だけでは決して得られない発見や喜びがあるものだとも。もちろんそれは、主体的に仕事に取り組む姿勢があってのこと。考えさせられるお話しでした。

『3月のライオン』【前編】公開中 【後編】4月22日(土)2部作連続・全国ロードショー
©2017 映画「3月のライオン」製作委員会 配給:東宝=アスミック・エース
公式サイトURL:http://3lion-movie.com

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■記事公開日:2017/04/17 ■記事取材日: 2017/2/24 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久 ▼写真提供=アスミック・エース

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