頼み事をする際、「時間があるときに」とか「急ぎじゃないんだけれど」などと、相手の都合を配慮し過ぎると誤解を招いてしまうことがあります。
こうした「前置き」をして仕事を頼んだ上司がしばらくして、「ところで、あの件はどうなってる?」と聞いたところ、「時間がなかったのでまだ手をつけていません」と答えた部下を声を荒らげて叱責して、パワハラで訴えられたケースが実際にあります。
部下にしてみても、限られた時間をやりくりしながら仕事をしているわけですから、納期が決まっていない「急ぎじゃない仕事」は後回しにして目先の仕事を優先するのは当然のことです。そこを烈火のごとく叱責されたのではたまったものではありません。部下に限らず、人にお願い事をする場合は、「遅くとも、来週中にはお願いしたい」などと期日を明確にすることがマナーです。
部下にとって、平気で無茶ぶりする上司ほど迷惑な存在はいません。その代表的な言葉が「なんとかしろよ」といった漠然とした指示や命令です。
以前、自分がつくった資料に対して上司から、「これ、もうちょっとなんとかならない?」と何度も突き返されて心を病んでしまった方のカウンセリングをしたことがあります。突き返されるたびに、「どこが悪いのでしょう?」と上司に聞いたそうですが、「そんなものは自分で考えろよ」と取り合ってもらえず、修正を繰り返すうちに追い詰められメンタル不調に陥ってしまった。これはもう、絵に画いたようなパワハラです。こうした場合には、「この部分が分かりにくいから変えて欲しい」と具体的な指示を出し、部下を導くことが中間管理職の役割です。
また、手一杯のところに仕事をねじ込もうとする時や、急いでほしい時にも「なんとかならない?」と頼む人がいますがこれもNG。どのような場合でも、誰であっても、相手の都合を考慮して依頼したい内容を明確に伝えて頼むことは基本的なビジネスルールです。
これは部下のモチベーションを大きく下げるひと言です。「このくらいの仕事なら...」などと言われたら、軽く見られているようでとても嫌な気持ちになるはずです。逆に、「この仕事は、ぜひあなたにやってもらいたいんだけれど」と言われれば、自分に対する信頼や期待が感じられて「頑張ってみよう!」とやる気がわくはずです。
つまり、同じことをお願いされるのでも、言い方ひとつで、相手の反応は180度変わるもの。適当に頼まれたり、仕方なく自分を選んだ様子が感じ取れると、警戒したり反感を抱いて仕事に対するモチベーションが一気に下がります。
そもそも、「できる、できない」の考え方には幅があります。
新入社員に「パソコンを使うことはできますか?」と聞いて、「できます」と答えた人に資料作成を頼んだら、WordとExcelしか使えずPowerPointは使ったことがなかったという話を聞いたことがあります。一方、「できない」と答えた人は、一通りのソフトは使えるけれど、PowerPointの高度な活用に自信がなかったので「できない」と答えたのだそう。それほど人の考え方は違うので、「何がどこまでできるか」の細かい確認も忘れてはなりません。
非正規社員と正社員の意識の差や、若手とベテランの世代間ギャップを感じることが多くなった昨今、「仕事よりプライベート優先」という風潮が高まり、自分の仕事が終われば周りがどうあれサッサと退社する若手が増えてきました。一方、管理職世代には、残業が苦にならず会社に人生を捧げているような人も少なくありません。そのため、自分たちが当たり前だと思ってやってきたことを、若手に求めてトラブルに発展するケースが後を絶ちません。
「ついでにお願い」もその1つ。これは、「出来ることはなんでもやって欲しい」と思うベテランと、「どこまでが自分の仕事なのかをハッキリさせたい」若手の意見が分かれやすい言葉です。
上司の頼みであっても「ついで」にやらされることはたいした要件ではないことが多いので「顎で使われている」ように感じます。そう思われないためには、「この件も追加でお願いできるかな?」と、最初に依頼した仕事とは分けて打診することです。そしてそれは、あくまでも追加のお願いですから「今はちょっと手一杯で...」と断られても「仕方ない」と割り切ったうえで頼んでみる。そのくらいの配慮が必要です。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
お願いごとや頼みごとをするとき、「いかに相手に気持ちよく引き受けてもらえるか」というのは、誰もが頭を悩ませるべき問題だと思います。
「この人のためだったら忙しくても引き受けよう」「自分の成長にもつながりそうだからやってみよう」と思ってもらえれば大成功。反対によくあるのは、「こっちの忙しい状況も知らずお願いされても無理」「無茶ぶりするな」と思われて、反感を買ってしまうケースです。
お願いごとの大前提は、まず相手のスケジュールを聞くこと。そして、お願いしたい案件に必なスキルや知識があるかを確認すること。さらには、本人にとってチャレンジングな仕事内容であれば、頑張って達成することで実績が上がるといったメリットまで伝えることも大事です。
その土台になるのは日ごろの対話です。普段はほとんど話さないのに、困ったときだけ仕事を振ってくる上司はブーイングものです。部下に気持ちよく引き受けてもらいたければ、自分から部下に歩み寄り、気持ちの良いコミミミケーションを心がけることが大事です。
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■記事公開日:2024/02/26 ■記事取材日: 2024/02/11 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか