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ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.4新入社員の心の壁"固定電話恐怖症"


若いころ、連絡手段が電話しかなかったオジサマ世代にとっては到底理解し難いことでしょうが、入社間もない新人社員の中には、「かかってくる電話に出られない」といった理由で会社を辞めてしまう人が少なくありません。若手とのコミュニケーションの困難さについては随分前から取り沙汰されていますが、いやはやなんとも... いよいよ"電話が取れない世代"と一緒に仕事をする時代が到来したのです。
とはいえ、彼らに無理強いは禁物です。電話を取ろうとすると心拍数が上がったり、途端に気分が悪くなったり、着信音を聞いただけで緊張してフリーズするようになってしまったり... これらは『固定電話恐怖症』と呼ばれるメンタルリスクなのです。固定電話恐怖症は、厚生労働省が定めた精神疾患として認知されている病気ではありませんが、定義上は『不安障害』の一種と考えられます。したがって「一人前に仕事ができないうちは、新人は電話を取るのが当たり前」などという"昭和"の発想で接していては状況が悪化するばかりです。そこで今回は固定電話恐怖症を軸にして、対人コミュニケーションの問題点と、それを改善するトレーニング方法について、産業カウンセラー大野萌子先生にアドバイスをいただきました。

知らない相手と話すのが怖い

2020年5月に総務省が公開した『通信利用動向調査』によると、固定電話の保有状況は全世帯平均が69.0%で、そのうち、50代世帯が83.1%、40代世帯65.6%、30代世帯でぐっと下がって19.6%、20代世帯に至ってはわずか5.1%と、家庭における固定電話は、次第にその影を潜めつつあります。こうした傾向は、若年層になればなるほど固定電話を使った通話コミュニケーションの経験値が低く、「電話を取り次ぐ」「伝言を受ける」といった基礎的な電話応対を経験しないまま社会に出る若者が多い裏付けになっていると考えられます。

電話応対の経験値の低さに加えて、電話をかけてくる相手が誰なのか分からないことに「怖い」と感じる人が多いようです。スマホならディスプレイで相手の名前を確認することができますが、会社の固定電話には不特定多数の電話がかかってきます。話の内容もさまざまで、新人には荷が重い話も少なくありません。こうした事情から、不慣れな電話応対でクライアントからクレームを受けたり、上司から叱責されたり、さらには、タイミング悪くモンスターカスタマーに遭遇した経験がトラウマになってしまうことが固定電話恐怖症の若者が増えている一因と考えられます。
固定電話恐怖症の若者が増えている

もはや電話は"迷惑ツール"なのか

多様化する現代のコミュニケーションツールの中で、こちらの都合に関係なくかかってくる電話を"迷惑なツール"とする向きがあります。仕事中でも仕方なく手を止めて、差し迫ったことでもない話題を一方的に聞かされれば誰だって「イラっと」するはずです。簡単な連絡や報告ならショートメールで済みますし、カジュアルな話題ならLINEのスタンプで十分です。こうした考え方の延長で、少し込み入った仕事の話題であっても「電話よりもメールでやり取りしたい」というイマドキ社員が少なくありません。

電話は相手と時間を共有しているので、言葉を繰り出す瞬発力が求められ、考える時間も多くはありません。おっとり、のんびりしている人は話についてゆけず、聞くべきことが聞けなかったり、失言を訂正できなかったりで、電話で話すこと自体に抵抗感を感じるようになってしまうこともあります。本来、対人コミュニケーションとは、会話の流れを軌道修正しながらお互いの理解度を高めてゆくものです。ところが、そうした会話のプロセスを踏むことに慣れていない新入社員にはそれができません。

その点メールなら、自分のタイミングで相手に返信できるので、緊張したり焦ることもありません。心置きなく訂正してこちらの意図を正しく伝えられるという利点もあります。しかしながらそれは、相手が納得するメール文書を書くだけのボキャブラリーを持っていればの話です。企業の新入社員研修をしていて気づくのは、ボキャブラリーの圧倒的な不足です。LINEのスタンプやひと言メッセージなど、今は言葉を簡略化することが常態化しているため語彙が狭く、表現にバラエティがありません。言葉にできないことはメールにもできません。しかもメールは記録として残るため、"失言"は致命傷になりかねません。
言葉を簡略化するのでボキャブラリーが不足している

それでも新人に電話を取らせるべきか

「今や、電話を取るのは新人の仕事だなんて時代遅れ」という風潮も確かにあります。しかし、仕事の基本として、電話応対は対外的なトレーニングになります。クライアントや協力会社の名前を覚えたり、相手の話しぶりをベンチマークすることで、社会人としての常識やビジネスマナーを身につけることもできます。いわば、「電話をとることは成長への近道」という発想で、新入社員が積極的に電話を取ることを奨励している会社も少なくありません。基本的には私もこうした意見に賛成です。

かたや、新人に電話応対を任せることでトラブルが起きても困るし、固定電話恐怖症になって会社を辞められても困る。したがって、新入社員には電話を取らせないという会社もあります。外線電話専用の窓口番号を設けて、ファーストコンタクトの応対は専門の業者さんに任せる会社も増えています。

会社の事情はそれぞれですので、やむに止まれずの部分があるのでしょうが、いずれ歪みができてくると思います。事実、自分の会社のことなのに分からないことだらけで、でも、対外的に責任を負う必要がないから「それでもいいや」という人が非常に多い。「プロフェッショナルが減っているな」と感じることはしばしばです。

最近は同じ若手社員の中でも二極化が進んでいると思います。経験値が低くても優秀な人はアナログな固定電話だろうが最新のデジタル技術だろうが使いこなしています。そうした人は会社でも重宝されるし、益々自分の評価も高めてゆき、結果、早い段階で"格差"が生まれてしまうことになり兼ねません。
若手社員の中でも二極化が進んでいる

内線電話がかけられず給湯室へ

コロナ時期ということもあり、今年は新入社員のカウンセリングを1対1のZoomでやりました。基本的な決め事としては、カウンセリングの当日に、人事の担当者にどこの会議室が空いているかを内線電話で確認して、そこに移動してZoomミーティングにアクセスすることになっていました。ところがです。ある新入社員が会議室ではなく給湯室からアクセスしてきたのです。理由を聞くと「内線電話のかけかたが分からなくて、周りの人にも聞けなかった」ということでした。

実はこの方、入社してから半年間は在宅でオンライン研修を受けていました。最近ようやく週2ペースで出社できるようになったばかりで、そのタイミングで私のカウンセリングが入ったのです。とはいえ、有名企業に入れるくらいの方ですから、学業成績は優秀でしょうし、ある程度はコミュニケーション能力も持ち合わせていたはずです。そうした方ですら、職場の固定電話を前にすると途端に意気消沈してしまうことに、私はちょっとした衝撃を受けました。

Zoomのようなネット環境を利用したツールは便利ですが、教育ということになると、それだけでは難しいと思います。もちろんネット上の研修でも、大まかな仕事の概要については学ぶことができますが、電話応対のようなコミュニケーションスキルは、リアルな環境で体験したり、トレーニングしたりしなければ身につかないと実感しました。とくに若手は"伝える"ことが苦手です。分からないことは聞けばいいのに質問することができません。これはここ5年くらい現場で常に感じている問題で、訓練が必要です。
コミュニケーションスキルは、リアルな環境で身につく

普段のコミュニケーションから見直す

トレーニングを始める前の準備運動として、まず、電話機の基本操作を教えなくてはなりません。保留や内線の取り次ぎなど、慣れてしまえば簡単なことでも新人にとってはここが最初の壁になります。さらに、電話応対に必要なアイテムの準備が必要です。忘れてならないのはペンとメモ用紙。電話はメールのように記録が残らないため、情報を正確に伝えるためにメモをとることは必須です。さらに、取り次ぎの際に手間取らないよう、社内の内線番号表を手元に用意しておくと電話を保留してからスムーズに取り次ぎができます。以上のことが疎かだと必ずミスが起こります。

具体的なトレーニング方法としては、普段はメールでやりとりする報告を、何回かに1回は電話でおこなう。メールでは概要だけ送り、詳細については電話で伝える。欠勤の連絡は電話に限定する。など、日々の業務に電話を取り込むことが効果的です。そして、単に電話を使ったトレーニングだけでなく、自分の意思を言葉にして話すといったことも重要で、固定電話恐怖症をなくすためには、普段のコミュニケーションのあり方から見直していく必要があります。

これらのトレーニングのほか、電話にまつわるビジネスマナーとして、着信してから3コール以内に受話器を取る、冒頭のあいさつを忘れてはいけない、必ず復唱確認をおこなう、相手が電話を切ってから受話器を置くなど、突き詰めれば留意すべきことは多々ありますが、最初のうちはトークスクリプトやマニュアルを用意して、敬語の間違いや電話機の操作を誤るなどのミスをしないよう基礎的なポイントをしっかりコーチングすることが大切です。
トレーニング方法は、日々の業務に電話を取り込むこと

Point産業カウンセラー・大野萌子さんからの
メッセージ

コロナによって在宅ワークが推奨され、リモートで会議やミーティングをおこなう機会が増えました。その結果、「これからのミーティングはリモートで充分じゃないか」といった声もあるようですが、デジタルかアナログかの二者択一ではなく、仕事によってケースバイケースで使い分けることが大事だと思います。
このように、猛スピードで変化する仕事環境において、「近いうちに固定電話はオフィスから無くなる」と息巻くジャーナリストもいますが、それは果たしてどうでしょう。オフィス移転を機に固定電話をなくしたら顧客の信頼までなくしてしまった会社もあります。
固定電話は"会社の顔"です。たとえ新入社員の電話応対であっても、先方は会社としての評価をします。会社の印象を左右することですから、新人教育では電話応対を基礎からしっかり教えることが大事です。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2020/10/22 ■記事取材日: 2020/10/05 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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