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Vol.11コンプレックスとの付き合い方


コンプレックス(劣等感)は過度になると厄介な"ココロの病"です。他人よりも劣っている、見られることが恥ずかしいと自分を責め、被害者意識まで持つようになってしまう。その結果、顔が火照り、動悸が激しくなって血圧が異常数値を示すようにもなる。ココロのみならず、カラダまで蝕む感情です。そのため近年は、コンプレックスの強い人が不調を訴えメンタルクリニックを訪れるケースが増えているそうです。
自分のコンプレックスと向き合うのはとても苦しいことです。中には、自分のコンプレックスと向き合うことができずに、隠そうとしたり、別の問題にすり替えてしまう人もいます。また逆に、コンプレックスを気にし過ぎて、自分に自信が持てなくなっている人も少なくありません。自分に自信が持てるようになれば心に余裕が生まれます。余裕が生まれると周囲のことを見渡すことが出来るようになって、表情や気持ちまで変わってくるはず。その結果、人間関係も円滑になることは間違いありません。今回は、コンプレックスとの付き合い方について、公認心理師の大野萌子先生にアドバイスしていただきました。

他者の"悪しき呪文"がコンプレックスを生む

コンプレックスを考える上で大前提となるのは、劣等感は先天的なものではなく、他者との関わりによって後天的に育まれる感情であるということです。対話を通してココロの問題解決を図る心理療法などでも、コンプレックスを抱える人の本質に迫ろうとする場合は、その人の育成歴を遡り、「いつ頃、どんな出来事があったのか」を詳らかにします。

例えば、誰が見ても美しいと思えるような美人なのに、自分の容姿に自信が持てずに幾度となく美容整形を繰り返す人がいます。こうした人の育成歴には、子どもの頃に誰かと比べられて、「~さんより可愛くない」とか「~さんより劣っている」といったことを言われたことがコンプレックスの芽になっていることが多いようです。また、「足が遅いね」と言われたことが原因で、運動能力に劣等感を感じるようになり、その結果、スポーツそのものが嫌いになってしまうようなケースもあるようです。
銀行に勤める私の友人などは、社会人になってから、「ウチは〇〇大学出身が多いのに珍しいね」と言われて以来、職場では自分の出身大学を隠すようになってしまったそうです。
これらのようにコンプレックスは、他者からのひと言が"悪しき呪文"として内在化し、「自分は他人よりも劣っている」という主観的な感情に変化してゆくものと考えられます。さらに、そのひと言が好意を寄せる相手からであったり、認めてもらいたい人である場合は、より一層影響力が大きなものとなります。

他者からのひと言が
"悪しき呪文"となってしまうことも。

コンプレックスがもたらすさまざまな弊害


常に勝ち負けで判断し、周りを巻き込んでしまう。
コンプレックスの強い人は、一つのことにとらわれ過ぎて不自由な思いをしています。何をするにしても「失敗したくない」と強く思い込んで自分を追い込み、無理をし過ぎる傾向があります。また逆に、失敗したくないので新しいことにはチャレンジしないという人もいます。
自分を追い込んで無理をし過ぎるか、逆に、不安だから手をつけることができないか、どちらのタイプにしても、ココロに余裕がないので、精神的にはかなり不安定な状態です。イライラすることも増えるので本人はとても辛いと思います。ただ、そうした人が発するピリピリとした空気は周りの人にも伝播するため、人間関係を上手く築いてゆくことが困難になります。
さらに、コンプレックスが強い人は、「あの人より優れている。でも、あの人よりは劣っている」と、比較されたことがその感情の根っ子にあるため、何事においても"優劣"にこだわり、物事を常に勝ち負けで判断し、周りを巻き込んでしまう傾向にあります。とくに仕事では、プロセス重視ではなく結果ありきになってしまい、威圧的になりやすく、無意識のうちにハラスメントを起こしやすくもなってしまいます。

コンプレックスの強い人との接し方

コンプレックスの強い人との接し方はポイントが2つあります。
1つ目は、会話の中に「比較」を持ち込まないことです。例えば、「~さんはこういうやり方をしていましたよ」とか「~さんとは同期でしたよね」など、他人を引き合いに出す話し方はご法度です。コンプレックスの強い人は、他人と比較されることを殊のほか嫌います。

2つ目は、「コンプレックス=自信がない部分」ですので、あえてそこには触れないことです。間違っても「気にしなくていいじゃないですか」などと言ってはいけません。慰めようとか、励まそうという気持ちを安易に出して接するのは逆効果です。
前回の記事で、ストレスに強い人は「自分軸」をしっかり持っている。その一方で、ストレスに弱い人は、自分の気持ちよりも、他人からどう思われるか・見られているかという「他人軸」を強く気にする傾向にある、とお伝えしました。
コンプレックスが強い人も同様で、「他人軸」を必要以上に気にする傾向があります。「自分がこうしたい」ではなく、「他者から見られている自分」が第一優先で、他者からの言葉や視線によって「自分はこうあるべき」という自己感情を強く根付かせてしまうわけです。こうした人と接する場合もやはり、相手の気持ちに深入りし過ぎず、一定の距離感を保ち、安易な気持ちで気休めの言葉を発しないことが肝心です。

一定の距離感を保ち、安易な気休めを言わない。

マイナス思考に引きずられないためには

コンプレックスは少なからず誰にでもあります。しかし、コンプレックスの強い人は、自分には魅力がない、能力が劣っていると感じ、負い目を感じています。そのために考え方もポジティブになれず、マイナス思考でネガティブな発言や陳腐な行動が目立ちます。


コンプレックスには環境を変えてみるのも有効。
例えば、私は、太った際に体型を隠そうと、よりゆったりした服を選ぶようになっていましたが、ある時、自分の写真を見て、隠していたつもりが強調されていたことに気づき愕然としたことがあります。それからは体型に合った服を選ぶようになりました。もちろん、限界はありますが、その方がスッキリ見えます。
男性の場合でも、髪の毛が薄くなってきた人が、無理に隠そうとするよりも、あえて髪の毛をすっかり剃ることで清潔感が出て、素敵に感じます。受け入れてしまえば、言い方を変えれば、開き直ってしまえば、どうということではないのです。
マイナス思考に引きずられない第二のポイントは、仕事一辺倒ではなく、趣味でも習い事でも、自分がエネルギーを注げるもの、夢中になれるものを見つけることです。プライベートな時間で自分のエネルギーを注力できるものがあれば、些末なことが気にならなくなるはず。「精神的な居場所」を見つけることが大切なのです。また、環境を変えてみるのも有効だと思います。仕事や居住地を変えることは難しいかもしれませんが、夜型から朝型に生活習慣を変えてみたり、電車通勤から最近よく聞く自転車通勤に変えてみたり、自分の生活環境やルーティーンを少しだけ変えることは可能ですし、とても効果的だと思います。

コンプレックスは成長のバネになるのか?

軽度なコンプレックスなら成長のバネになると思います。「努力して克服しよう」「コンプレックスだと感じているところを改善してゆこう」と、乗り越えるために努力することで鍛えられ、能力が向上したり、活躍できる場が広がることがままあるからです。ただ、コンプレックスはその人にとっての短所です。努力によって少しは改善されますが、短所を改善しても、それが長所になることはあり得ません。

企業の研修でも、「自分の性格や短所を直すにはどうすればいいですか?」とよく聞かれるのですが、性格や短所を直すにはエネルギーがものすごく必要で一筋縄ではいきません。むしろ、必要以上に短所にフォーカスするのではなく、自分の良いところを見つけて、その部分を長所として伸ばす努力をした方が良いとお話ししています。
良いところを見つけるには、先ほども述べた通り、自分が没頭できる「何か」を探すことが、一番の早道だと思います。最近は「シェア畑」を趣味にしようとする人が増えていますが、「そんなのは俺には向いていない」と言っていた人が、案外続いていたりします。コンプレックスが強い人は、なかなか新しいことに着手しようとしませんが、その壁を乗り越えて、少しでいいので行動範囲を広げてみれば、世界観が変わるはずです。新しい環境に身を置けば、ある程度コンプレックスは克服でき、気持ちがラクになると思います。

一番の早道は自分が没頭できる「何か」を探すこと。

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

私自身、コンプレックスはたくさんありますが、一番のコンプレックスは人前で必要以上に緊張してしまうことです。それは中学生の頃から抱えてきたコンプレックスで、授業中に指されて、声が震えてしまったこともあったくらい人前で話すことが苦手でした。産業カウンセラーの仕事始めた頃にも、「そういう可愛い話し方は通用しない」と指摘されて、ボイストレーニングを受けてみたり、話し方セミナーを検索したり、真剣に悩んでいた時期があります。しかしどれも、ピンときませんでした。
それでも、今は人前で話す仕事をしているので、「どうやって克服したのですか?」とよく聞かれます。それこそ、背中に汗をかいて、ガタガタ震えながらも、仕事だからやって来られた部分はあるのですが、十数年前は、自分が話そうと思うことを一字一句書き出して、トークシナリオをつくっていました。「皆様、こんにちは!」から一字一句です。2時間の講演なら2時間分のシナリオをつくり何度も読み返して暗記していました。ある程度準備をすると、コンプレックスがあったとしてもそれを克服するための準備ができます。それを何十回もやっていくうちに、次第にそのシナリオがいらなくなりました。私のコンプレックスを克服する鍵になったのは「徹底的に事前準備をすること」。それが自信にもつながりました。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2022/01/13 ■記事取材日: 2021/12/13 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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