ビジネスマンのメンタルヘルス ビジネスマンのメンタルヘルス

ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.16職場で孤独を感じますか?


 アメリカの経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルが、コロナ禍直前(2019年)に就労者を対象におこなったアンケートによると、Z世代(18歳~22歳)の80%以上、ミレニアル世代(23歳~37歳)の約70%が、「職場で孤独を感じている」と答えたそうです。この3年間で急速にリモートワークが普及した日本では、より一層深刻な状況になっているかも知れません。
 孤独な状態とは、自分の気持ちや考えを率直に話せたり、遠慮なく相談できたり、心の拠り所にできる人がおらず、メンタルリスクが高いネガティブ要因と考えられがちです。そうした一方で、脳科学者の茂木健一郎さんのように「社会をいい方向に変えてきたのは孤独な人」と、孤独を前向きにとらえる文化人もいます。孤独感とはいったい何なのか、それが仕事にどのような影響を与えるのか。公認心理師の大野萌子先生にお聞きしました。

孤独な時間は悪いものではない

 孤独を感じる人の多くは、本質的には"自分自身と対話が出来る人"だと私は解釈しています。もっとポジティブに言うならば、日常的には他人との関わりを持ちながらも、自分だけの世界観に浸れる術を持っているということです。複雑な人間関係を上手くやり過ごすためには、他人に干渉されない自分だけの時間を持って気持ちをリセットすることが必要です。したがって、独りぼっちの時間は必ずしも悪いものではなく、むしろ必要なこととも考えられます。最近よく聞く『ソロ活』などがまさにそうです。人間関係が大事なことは重々承知しているけれど、それ自体がストレスの原因になることもある。『ソロ活』はそういったストレスから解放されようというポジティブな選択です。
 ただ、同じように独りを選択するにしても、"孤立している人"は危険です。猜疑心が強かったり、極端なマイナス思考だったり、愚痴や言い訳が多かったり。タイプはそれぞれですが、孤立感を漂わせている人は、自分の主義主張に共感出来ない相手を受け入れようとせず、関りを自ら断ち切ってしまうようなところがあります。孤独と孤立は明確に線引きできるものではありませんが、独りでいる状態自体が問題なのではなく、独りでいることに苦しんでいるか否かがメンタルヘルスには大きく影響すると思います。
独りのときの気持ちがメンタルヘルスに影響する

環境次第で誰もが饒舌になる

環境次第でコミュニケーションは成立する
 孤立してしまう人というのは、過去にコミュニケーションの失敗経験があるように思います。他人との関わりの中で、傷つけられたり傷つけてしまったり。誰にでも成功や失敗はあるものですが、上手くいかなかった方にフォーカスしてしまい、「どうせ言っても分かってもらえないだろう」とか「もう傷つくのは嫌だ」、「誤解されたくない」などといった負の気持ちが勝って、関係性をシャットアウトしているのです。つまり、孤立の根っ子にあるのは"過去の傷"であり、決してその人が生まれ持った性格ではありません。
 私は20年以上企業のメンタルカウンセリングに携わっていますが、コミュニケーションが成立しなかったケースは1つもありません。事前に上司から「〇〇さんは、たぶんひと言も喋らないと思いますよ」と耳打ちされていた人ですら、1対1で向き合ってみればポツリポツリと話し始めるようになるもの。もちろん、最初のうちは相手が警戒してコミュニケーションが成立しませんが、「この人は自分の話しを否定せずに聞いてくれる」と心を開いていただければ、淀みなく言葉が出てきます。むしろ、孤立していた人の方が雄弁です。したがって、「話しをしていい環境があれば誰もが饒舌になる」というのが私の持論です。

孤立している人の不機嫌オーラ

 以前このコラムで「怒りは伝染する」と述べましたが、孤立している人の感情も同様です。ゲーテは、「人間の最大の罪は"不機嫌"である」という言葉を残していますが、概ねの場合、孤立している人は不機嫌な雰囲気を醸し出しているものです。そして、その雰囲気が周囲を緊張させ、やがて誰も関わろうとしなくなる。その結果、自分から関係を断つだけでなく、周囲からも"腫れ物"に触るような扱いを受け、より一層孤立していくのです。つまり、孤立して不機嫌な人の存在は、近くにいる人を憂鬱な気分にさせるだけでなく、職場全体を居心地の悪い空間に変えてしまう負の力がある。こうした状況は会社にとって、成長を阻害する大きなマイナス要因と言えるでしょう。
 組織の成長やプロジェクトを成功させるためには、個々が連携して、チームワークで力を発揮出来る環境をつくることが大事です。多様性を認め合うばかりではなく、協力し合える連帯感も忘れてはなりません。したがって、会社側としても孤立している人の存在を認識したら、不機嫌オーラを発している当事者への声かけはもとより、従業員のストレスチェックやカウンセラーによる聞き取りなどをおこなって、業務に集中出来るよう職場環境を改善する努力が求められます。

孤立している人は職場全体を居心地の悪い空間にする

予防策は適度に忙しい日々を保つこと

 ソロ活的な孤独や、不機嫌オーラを発する孤立のように、独りでいることを自分から選択しなくても、否応なしに孤独感に苛まれる場合があります。どんなに気が合う仲間でも完全に分かり合えないのが人間ですし、達成感や幸福感というのは刹那的な感情で永遠に続くものではないからです。

適度に忙しい日々を保つことがメンタル守る予防策
 
 飛躍した例えになりますが、芸能人が薬物使用で御用になったり、自死に至ったというニュースを目にすると、「あんなに人気者で活躍していたのに、どうして?」と驚かされることがあります。背景には、焦燥感や無力感、諦めなど、さまざまな感情が複雑に絡み合っているのでしょうが、キーポイントになっているのは孤独感です。他人からちやほやされて、忙しくなればなるほど、「自分の置かれている立場に対して人が集ってくるのであって、素の自分を大切に考えてくれる人がいるのだろうか?」と不安に駆られ、虚無感にとらわれてしまう。これが孤独を感じるプロセスです。
 だからこそ私たちも職場では、人間関係や仕事の繁閑差を緩和すること(仕事を過剰に抱え込まない・手が空いた時は積極的に同僚の仕事をサポートする等)が大切で、常に"適度に忙しい日々を保つこと"がメンタルを守る一番の予防になると思います。
 昨今政府は、『週休3日制』の導入に前向きな姿勢を見せているようですが、働く人のメンタルヘルスが問題視されるようになったのは、週休2日制が導入されたことが原因の1つだと私は思っています。ワークライフバランスの視点で考えれば良い面もあると思いますが、熱中できることがあり、それを賄うお金もあって、家族も理解を示してくれる。そんな家庭はそうそうあるとは思いません。そればかりか、休んだ分の仕事の負債は月曜日から大忙しで返済しなくてはならない。休みが増えても、これでは本末転倒です。

TPOに合わせてペルソナを使い分ける

 "適度に忙しい日々を保つこと"が孤独感に陥らずメンタルを守る予防になる、と述べましたが、他者との関わりという観点で、もう1つ予防策をお伝えしておきたいと思います。
 ほとんどの人は、社会的な役割を果たすために、さまざまなペルソナ(仮面)を持っていて、TPO(Time:時間、Place:場所、Occasion:場面)に応じて、それらを上手に使い分けて毎日を過ごしています。

 例えば、どれだけ和気あいあいとした職場環境であっても、自宅にいるときと同じように脱力した態度や言動は許されません。皆、出社する時は職場用の仮面を被ります。同じ職場用の仮面でも、上司と同僚とでは接する時に被る仮面が違います。また、気が置けない友人であっても家族に見せる顔とは違いますし、さらに言うなら、仮面を外して自宅で寛いでいる時でも、宅配便が届けば急いで仮面を被って応対するのが一般的です。このようにして私たちは、社会や人との関係性のバランスを保っているのです。
 よく『サザエさん』に例えるのですが、波平さんとフネさんとの前では娘の顔、マスオさんには妻、タラちゃんに対しては母、カツオやワカメに対しては姉と、あれだけオープンな家族の中であってすら、サザエさんはいろんな顔を使い分けているし、それでバランスが保たれているのです。
 逆に、誰に対しても「こうあらねばならない」とか「こういう私でいたい」という"自分像"のようなものがあって、どんな場所でも、誰にでも、同じ顔をしようと頑張ってしまう人は、そのうち疲れてメンタルに不調をきたします。ですから、孤独や孤立を感じやすいと自覚している人は、自分の違った一面を出せる場所や相手を見つけることが有効な予防策になります。
自分の違う一面を出せる場所や相手を見つける

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

 他人に干渉されない自分だけの時間を持つことや、特定の"誰か"と繋がっていなくても安心感が持てる環境に身を置くことはとても大事です。よく、孤独や孤立することから逃れようとして、無闇に人とつるんで余計むなしくなる人がいますが、それは"他者依存"です。思考の主語が"自分"ではなく、常に他人の目を気にしながら、他人の意見に相乗りしている。表向きは周りにたくさんの他人がいるように見えていても、そこに"本当の自分"はいない。これほど孤独な状態はありません。
 もちろん社会生活を営む上では、ある程度他人の目を気にすることは必要ですし、それを全く意識しないということは無理なのですが、良い意味で"他人は他人、自分は自分"と切り分けて考えないとメンタルは疲弊してしまいます。そもそも、孤独感や孤立感というのは特殊な感情ではありません。少なからず誰しも経験する感情です。もし今、あなたが職場で"独りぼっち"を強く感じて苦しんでいらっしゃるのなら、職場以外のコミュニティに参加して、自分を解放し、リフレッシュされることをお勧めします。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2023/01/23 ■記事取材日: 2023/01/05 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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