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ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.18職場がゆる過ぎて不安を感じる若者たち

 ちょっとした言動が「それ、パワハラです!」と言われかねない昨今、上司が部下に気を遣って厳しい指導をしなくなったことで"ゆるい職場"が増えているのだそうです。若手にとって、そんな職場はさぞかし居心地の良い場所かと思いきや、「この会社にいても成長できないのでは......」と漠然とした不安に襲われて転職を考える若手社員が増えているといいます。
 とかく、組織内のエンゲージメントを重要視する風潮がある中で、ちょっと強く言えば「厳し過ぎる」と不満をもらし、同じ目線で語りかければ「ゆる過ぎる」と不安に感じる若者たち。「じゃあ、どうすればいいんだよ!」というのが管理職の皆さんの率直な思いではないでしょうか。そこで今回は、なぜ働き易くなった職場に若者たちは満足出来ないのか、そんな心理状態の若者たちとどう向き合えば良いのか、公認心理師の大野萌子先生にお聞きしました。

職場環境はどのくらい改善されているのでしょう?

 2020年6月に改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が成立して、部下への言葉遣いや指示の仕方などに焦点が当たるようになりました。中小企業と大企業とでは受け止め方にやや温度差がありますが、多くの企業がハラスメントを意識した職場改革をおこなっています。そうした中で、若手の育成を担う中間管理職の立場は微妙です。折からの人材難、若手社員に辞められてしまったら自分の評価に「×」が付くので無難な接し方をせざるを得ません。
 そんな思いとは裏腹に、「上司から適切な指導が得られないので会社を辞めたい」という若手が増えています。事実私のカウンセリングでは、入社1年目の女子社員が上司に営業トークのアドバイスをお願いしたところ、「今のままでいいんじゃない」という答えしか返って来ず「すっかりやる気を失くしてしまった」という相談を受けました。粗削りな自分を磨いて、より良い結果に繋げたいという若手にとって、「今のままでいいんじゃない」は、あまりにも無責任な物言いです。
 中間管理職の方々は、「最近の若手は打たれ弱くて、強く言うと潰れてしまう」と思い込んでいるようなところがありますが、意欲を持って働いている若手はある程度の厳しさを求めていますし、それでないと自分が成長しないことも分かっています。そんな実像を知らず「パワハラ上司追放!」という世間の声を拡大解釈して、言いたいことも言えない状況に陥っている。そんな職場が増えているようにも思います。
上司がフレンドリーである必要はない

何に対して若者は不安を感じるのでしょうか?

 まず、今日より明日の方が成長していたい、知らなかったことを知りたい、といった「成長欲は誰にでもある」ということを大前提として、現在は"成果主義"の企業が増えており、年齢に関わらず仕事が出来る人を高く評価することが当たり前になりつつあります。技術の移り変わりも早く、アナログな経験を着実に積んできたベテランよりも、新しい技術をどんどん取り入れて仕事を効率化しようという意欲のある社員を評価する傾向にあります。
20代は自分の価値を高めるための助走期間
 そして昨今、転職市場で言われる"30歳の壁"も見逃せません。大手転職情報サービスがおこなった『転職動向調査』によれば、20代正社員の転職率は右肩上がりで、現在は約30%(3人に1人)が入社3年以内に転職しています。当然ながら、転職は年齢を重ねるほど難易度が上るわけですが、スキルが高ければ30歳でも35歳でも引く手は数多です。つまり若手にとって、他人に誇れる自信と実力、そして実績を蓄え、自分の価値を高めるための助走期間が"いま"なのです。
 実際に転職をする・しないは別問題として、仕事においては経験値がスキルになります。自分が身を置く職場で「より多くの経験をしてスキルアップしたい」と思っている若手にとっては、上司の接し方や指導方法は「会社にいる意義」を見極める指針であり、ゆる過ぎる職場は不安以外の何ものでもないのです。

ロールモデルの不在も影響しているのでしょうか?

 デジタルネイティブの若手とIT音痴の上司とは話が通じない。そういった関係性では「職場の上司がロールモデルになり得ない」と主張する人事コンサルもいますが、そんなことはありません。人への心配りや接し方、仕事に対する専門性などはどれも手本とすべき要素です。ただ私は、実社会においてロールモデルは必要ないと思っているんです。
 ロールモデルという言葉の捉え方は、概ね「お手本としたい人物やその働き方」といった意味で使われていると思いますが、多様化している今の時代、他人(お手本にしたい人)と全ての価値観が一致することはあり得ませんし、どれだけ頑張っても「自分は同じようにはなれない」と自覚した時の挫折感は計り知れません。「あんなふうになりたい!」という強い憧れは活力源になる場合もあるので否定はしませんが、それは職場の上司ではなく、そもそも次元の違うドラマや漫画の主人公などの方が健全です。
 私は「尊敬する人は誰ですか?」という質問をされると答えに窮してしまいます。尊敬する人がいないわけではなく、それぞれの分野ごとにお手本にしたい人がいるため一人に絞ることが出来ません。多様化した社会の人間関係とはまさにそういうことです。したがって質問に対する回答としては、若手が感じる不安と職場におけるロールモデルの不在は関係ありません。
不安はロールモデル不在とは無関係

厳し過ぎてもゆる過ぎてもダメ。どう接すればいいでしょう?

 これまで企業の意思決定のスタイルは基本的にトップダウン、いわゆる上意下達でした。しかしこれからの時代は、ボトムアップに変えていくべきだと私は思います。ボトムアップのマネジメントは現場重視でおこなうため、若手との接し方が変わるばかりでなく、経営層へ現場の意見が届きやすく、さらにその意見が反映されやすいというメリットがあります。まずは会社側がマネジメントスタイルを変えて、若手が発言しやすい場を設けることが必要です。
若手の意見に耳を傾けることが肝心
 かたや若手の方も、自分の意見を主張するためには問題意識と当事者意識を持って仕事に臨まなくてはなりません。こういったサイクルを上手く回すことが出来れば、仕事へのモチベーションが上がり会社に対するロイヤルティも高まるはずです。
 トップダウンで命令してやらせた方が手間はかかりませんが、誰だって
"やらされ仕事"には身が入りません。要は、若手の意見に耳を傾けて、相互理解に時間をかけることがポイントです。つまり"参加している感覚"をしっかり持ってもらうことが肝心で、そこで意見の違いがあれば、納得出来るまで話し合うべきです。日ごろからそういった向き合い方が出来ていれば、若手との関係性は劇的に変わるはずです。

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

「楽をして稼ぎたい」「プライベートの時間を優先させたい」「長時間働きたくない」など、誰しも、少なからずそういう気持ちはあると思います。だからといって適当な仕事をしている人ばかりではありません。若手の中には、「この会社で頑張ろう!」とか「自分の力を社会に役立てたい!」といった志を持って飛び込んで来た方々も少なくないはずです。
 そうした時に、上司や先輩が親身になってアドバイスしてくれなかったり、なんでも丸く収めようとする態度が見えればガッカリするし、「この会社にいて大丈夫だろうか?」と不安に思うのは当然です。もちろん、理不尽な根性論だったり、手取り足取りの熱血指導はいかがなものかと思いますが、仕事に対する厳しい助言は若手の方も受けとめる心構えは出来ているし、社員教育においては当たり前のこと。それさえしない管理職は指導怠慢です。
 ただ、管理職にしてみれば「ハラスメントに抵触しない程度で指導しなさい」と急に言われても、何をどう変えていいか悩みます。結局、「自分でやった方が早い」と仕事を抱え込み、過剰労働になっている方が少なくありません。職場がゆるくなってカウンセリングが必要なのは、むしろ管理職ではないでしょうか。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2023/07/24 ■記事取材日: 2023/06/03 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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