インターネットの普及が実現させた最も大きなメリットは、遠くの人とも交流できるようになったことです。それは奇しくもコロナ禍によってクローズアップされたわけですが、仕事でのやり取りはもちろんのこと、離れている家族や友人と画面越しではあるけれど向き合うことが出来るようになった。これは大きな収穫だったと思います。また、手間をかけずに情報を得られる充足感が良い側面として挙げられます。かつては、分からないことがあれば図書館まで足を運んで調べたり、その分野の専門家に聞いたりしなくてはならなかったことが、スマホの操作ひとつで瞬時に情報を得ることが出来るようになりました。
そうした半面、あまりに多くの情報があり過ぎて「どれが正しい情報なのか」が分からなくなっている。さらに、偏った価値観の拡散がインターネットならではの特徴です。実際にはごく一部の意見なのに、SNSで拡散されるとそれがあたかも正義であるかのように喧伝され、多くの人々が思い込んでしまう。偏った価値観の拡散により自分のアイデンティティや存在価値が危うくなることはネット社会のマイナス面です。
「こころ」が柔らかいボールだとします。そこにストレッサーという圧力が加わって「こころ」の状態が変化します。その状態からもとに戻ろうとする反応がストレスです。ストレッサーというのは外から来る"刺激"のことを言いますが、忙し過ぎる、情報が多すぎるといった"過剰刺激"が長く続くと脳疲労が蓄積して、抑うつ状態(「状態」ですので病気ではありません)へ誘引されることが少なくありません。
最近物忘れが増えて集中力も続かなくなってきた......と心配される人がいらっしゃいますが、多忙なビジネスパーソンの中には、情報のオーバーロードがもたらす抑うつ状態になっている人が少なくありません。ただし多くの場合は、限界を超える前に自分なりの方法でストレスを解消します。情報社会においては、過剰ストレスから一時的な抑うつ状態に陥るのは決して珍しいことではなく、誰にでもあり得ることです。
何を決めるにしても選択肢は必要です。ただ、オプションが多過ぎると「決めたいけれど、決められない」というストレッサーがかかり、選ぶことを他人に委ねてしまったり、間違った選択をしてしまうことにもなりかねません。ただ、ビジネスの現場に目を向けてみると、プレゼンテーションなどでは提案数が少ないチームよりも、数多く提案したチームの方が「努力の跡が見られる」という価値観で高い評価を得られることもまだまだあるようです。
意志決定における人間心理の研究者であり、ベストセラーにもなった『選択の科学』の著者でもあるコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授はとてもユニークな方法で市場調査をおこない、「人は選択肢が多すぎると選べなくなってしまう」ということを実証しました。
アイエンガー教授がおこなった調査は、スーパーマーケットに買い物に来たお客さんにジャムの試食販売を実施。販売者を2つのグループに分け、Aのグループは6種類、Bのグループは24種類のジャムを用意して、それぞれの購買率にどのような変化があるかを調査しました。
その結果、24種類のジャムを用意したグループBは試食後に購入した人の割合が3%であったのに対して、6種類のグループAは30%と10倍もの差が出ました。この結果から、「選択肢を与えすぎると人は選ぶことが難しくなり、選択すること自体をやめてしまうこともある」という心理作用を明らかにしました。
ネットリサーチを「やめられない」という人は既に情報依存に片足を突っ込んでいると考えて良いでしょう。その一歩手前の状態、「スマホ(情報)が身近なところにないと落ち着かない」という人の根本にあるのは"不安"です。この不安感は、過剰ストレスからの一時的な抑うつ状態同様、現代人の多くが抱えている感情です。何かを確かめたいとか知りたいという欲求、皆が知っていることは自分も知っておかなければ取り残されるという焦燥感なども不安感情の一種です。
そうした一方、不安は、ネガティブな情報に自ら歩み寄ろうとする性質も持っています。タレントさんのエゴサーチなどはその象徴です。多くの場合「自分の仕事がどう評価されているだろうか?」という期待感と不安感の両方からエゴサーチするわけですが、そこには好意的な意見ばかりがあるわけではありません。中には明らかに悪意が感じられるような書き込みもある。ここで不安が発動し、「他の人は何と言っているんだろう......」と泥沼にはまって行くわけです。
実は私自身もそうした部分が少なからずあります。講演や研修をした後アンケートに目を通すと、満足度95%以上とスコアが出ているのに、1人か2人はネガティブなことを書いている人がいて、深く落ち込むことがあります。95%以上の人は満足しているのだからそちらにフォーカスして、ネガティブな意見については「いろんな考えの人がいるからね~」と受け流せれば良いのですが、それがなかなか出来ません。
脳にとって最大のエネルギー源になるのはブドウ糖です。脳が疲れている時は、適度に甘いものを食べることでリラックス感や満足感が得られます。ということで私は、「疲れたな」と思った時は迷わず甘いものを食べるようにしています。
しかし昨今は、甘いモノを敵対視する傾向があります。糖分の摂りすぎは脳を萎縮させたり、脳機能を低下させる。甘いモノは食べるほど欲しくなるので、子どもにはお菓子を見せない、買わない、与えないようにする。おやつに、砂糖が入ったものはダメ......など。ネット内には「いったい、いつの時代の話?」と呆れるような自論が展開されています。これはある種の情報の操作ですし、信じて実践してしまえば偏った情報の妄信になると思います。
甘いモノに限らず、情報を自分に都合よく解釈したり、過度に信じてしまうと脳疲労のリスクは確実に上がります。大切なのは情報を正しく理解し、それを適切に運用する情報リテラシーの向上に他なりません。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
私は自分で情報依存だと自覚しています。スマホが手元にあれば無意識のうちに見てしまいますし、もちろん寝る時も枕元に置いています。ただ、自分に余裕がない時は、意識してスマホを遠ざけ情報を遮断する(自分から情報にアクセスしない)ようにしています。なぜなら、そうした時ほど刺激の強い情報や自分にとって都合の良い情報ばかりに目が行きがちだからです。
1つのテーマで検索しても、ネット上にはありとあらゆる情報が氾濫しています。そうした中から正しい情報を選び取るためには理性的でなくてはなりません。ところが余裕がなくて脳が疲れていると、その時の感情に流されて情報を選んでしまうことになり兼ねません。後になって「失敗だったな」と思うのは大抵こうした時の決断によるものです。
最近私は、「今日のニュースを今日のうちに知らなくたって何かが大きく変わることはない」と考えるようにしています。メディア関係の方はそうはいかないでしょうが、多くの場合、1日や2日、情報から離れたところでたいして問題はありません。最近の言葉でいえば『デジタル・デトックス』というやつです。
大野萌子先生 新刊のご案内
働く人のための 言いかえ図鑑
50万部を超える大ベストセラーになった『言いかえ図鑑』の第二弾が発売されました。今回のテーマは「働く人のとっさのひと言」。カウンセラーである著者が、これまでの相談の中でよく耳にした「よけいなひと言」を「好かれるセリフ」に言いかえるケースを112例、10シーンに分けてご紹介しています。
サンマーク出版 定価 1,400円+税