人間関係にストレスを感じている人の特徴として「シミュレーションのし過ぎ」が挙げられます。
「初対面の人がいたらなんて話しかけよう...」
「苦手なタイプだったらどうしよう...」
「否定されたらどうしよう...」
真面目な人ほど、相手とのコミュニケーションを円滑にしようと、会話の流れをシミュレーションしてしまいがちです。しかし、いざ相手との会話が進むと、シミュレーション通りにはいきません。想定していなかった言葉が返ってきてパニックになることがあるかも知れません。
私も、中学生の頃は友人とうまく付き合いたいと会話をよくシミュレーションしていました。ただ、どれだけ周到に考えたつもりでも自分の想定通りにはいかず、「あんなに準備したのに...」と疲弊していた経験があります。
このように、対人関係のシミュレーションに疲れ、予定通りにいかないことに落ち込み始めると、人と関わることへの苦手意識が強まるだけです。また、考え過ぎると不安は雪だるま式に大きくなります。始まってもいない会話を想定し過ぎて、頭の中でネガティブなイメージを膨らませるのも、人間関係にストレスを感じる原因になります。
価値観の違う人とコミュニケーションをとるのはそもそも面倒なことです。ポジティブで人付き合いが得意な人でも、人間関係に落ち込んだり、イライラしたりすることはあります。とはいえ、人付き合いは決して悪い面だけではありません。
話すことには「カタルシス効果(心に渦巻くもやもやを他人に話してすっきりさせること)」があります。
会話を通して人と関わっていくことには、自分の気持ちが整理され、ネガティブな感情を浄化させる効果があります。その際に注意したいのが、ネガティブな時ほど相手との距離を適度に保つことです。
人付き合いが苦手な人は、急に相手に詰め寄り過ぎたり、反対に相手の温度感が分からずにそっけない態度をとってしまいがちです。こうした状態にならないためには、浅く広い人間関係を意識的に作っておくことです。こう言うとそっけなく聞こえるかもしれませんが、ある程度の距離感があるからこそ、心地良い人付き合いが継続できるようになるのです。
ドイツの精神科医のフレデリック・パールズらが作った、「ゲシュタルト療法」という心理療法があります。その中で使われた「ゲシュタルトの祈り」という詩には、人間関係で悩む人を救う言葉が記されています。
私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。
私はあなたの期待に応えるために生きているわけではないし、
あなたも私の期待に応えるためにこの世にいるわけではない。
私は私。あなたはあなた。
「友人だから私とあなたは同じ」「仲がいいから同じ考えを持つべきだ」という考えに縛られると、親しい人であっても人間関係が苦しくなります。そうならないために、心の根っこに持つべきは「私は私、あなたはあなた」の考え方です。そう自覚すると、「無理して相手に合わせていた自分」に気づき、自分と相手を切り離して物事を考えられるようになります。
相手が求めるレベルに合わせてしまうのは、「相手が思い描く理想の私でいたい」という不安や恐れの気持ちからではないでしょうか。これらはすべて「他人がどう思うか」という「他人軸」の考え方です。そうではなくて、何かを決めるときには、「自分がどうしたいのか」という「自分軸」で考えてみてください。
「他人の意見に流されていないか...」
「本当に今日、飲みに行きたい気分なのか...」
「自分は好きでゴルフをやっているのか...」
「他人軸」に支配されず、何事も「自分軸」で選択して行動する。それが定着すれば、どんな相手でもネガティブにならず、心地良い人間関係を構築できます。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
今や世界のスーパースターとなった大谷翔平選手は、日本ハムファイターズ時代からチームメイトと連れ立って外食に出かけたり、飲み歩いたりしないことで有名でした。そんな大谷選手を心配した先輩が、「付き合いが悪いと、そのうち嫌われるぞ」と忠告したところ、「世界一の選手になればみんなが好きになってくれるので、僕はそれを目指します」と自分軸を貫き通しました。
プロスポーツのような実力社会には厳しい上下関係が根付いています。「飲み会は好きじゃない」「今日はその気分じゃない」と思っても、先輩から誘われれば断りづらい雰囲気があったはずです。大谷選手の凄さは、相手が誰であろうと「私は私、あなたはあなた」を貫けたこと。最高のパフォーマンスを発揮するためにストレスのかかることは徹底的に避け、人間関係をコントロールできたところだろうと私は思います。
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■記事公開日:2024/10/29 ■記事取材日: 2024/10/04 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか