ネガティブな感情に捉われがちな他人に、今日からすぐに試していただきたいのが「愚痴る」ことです。昔から日本では「愚痴を言う人は嫌われる」とか「愚痴を口にすると幸せが逃げてしまう」などと言われますが、実のところ「愚痴る」行為にはカタルシス効果があり、精神衛生上好ましいとされているのです。
カタルシスとは「浄化作用」のことで、心に溜まっている鬱々とした感情を吐き出し解放することで、嫌な気持ちを取り除くことができます。皆さんも「他人に話しただけで胸につかえていたモヤモヤがすっきりした」という経験があると思います。まさしくそれが、愚痴ることで得られるカタルシス効果です。
「愚痴る」ことにはもう1つ良い点があります。
頭の中の「思考」は目に見えない不確定なものですが、言葉にすることでその思考が具現化されます。つまり「愚痴を言う」のは、目に見えない感情を形のあるものに変換する作業でもあるのです。
例えば、「あのときは嫌な気持ちになったけれど、今考えてみるとそこまでのことではなかった」と思考をクールダウンすることができます。前回の記事『ネガティブな感情は悪いものではない』で解説した「自分の感情がわからない」という人は、ぜひとも「愚痴る」行為を通した心のリハビリをおすすめします。
愚痴ることでカタルシス効果が得られる
愚痴るならSNSより人に直接話すほうが良い
「他人に直接話す(愚痴る)のではなく、SNSで愚痴るのはダメですか?」と聞かれることがよくあります。私の考えとしては、「直接話す」と「SNSに書く」では、圧倒的に前者の方がおすすめです。理由は、文字数制限のあるSNSよりも話す方が、はるかに情報量が多いからです。SNSでの発信も悪くはありませんが、投稿に対する反応で傷つくことがあるかもしれません。それを考えると、「愚痴る」場所をSNSに求めるのは避けるほうが賢明です。
また、そのときに感じた気持ちを細かく補足できるのも「直接話す」ことのメリットです。微妙なニュアンスまで伝えることで感情の整理をおこなうことができて、自分が「何に対してモヤモヤしていたのか」、「なぜネガティブな感情を抱いているのか」など、抱えていたストレスの原因が浮き彫りになるはずです。
自分の感情を表に出すことに慣れていない人にとって、「愚痴る」というのはハードルの高い行為です。そうした人はまず、他人と雑談する機会を増やすことから始めることをおすすめします。相手は、家族や友人、職場の同僚など、身近な人でOK。そして、雑談の話題は「あそこの店のランチが値上げした」「並んでいたら割り込まれて腹立たしい思いをした」「先週より仕事が増えて大変になってきた」など、あまり深刻にならない身近な話題でいいので、まずは主体的に会話機会を設けることです。
ネガティブな感情を抱え込んでしまう主な理由は、「他人に感情をさらけ出すのが苦手」であることが挙げられます。小さい雑談を通じて「話す」という行為に慣れることで、ハードルが高いと思っていた「愚痴る」こともできるようになります。ただし「愚痴る」にも心がけたいポイントがあります。
●同じ人に何度も同じ愚痴を言わない
●相手に余裕がないときは別のタイミングで愚痴る
●愚痴る相手を選ぶ
以上の3点を留意しながら、人間関係に悪影響が及ばないよう最低限の配慮は必要です。例えば「仕事の愚痴は学生時代の友人に話す」「夫婦関係の愚痴は趣味の仲間に話す」など、愚痴る相手が内容に応じて当事者と無関係な他人であるほうが、余計なしがらみがないためストレートに気持ちを発散できます。ただ、愚痴を言い過ぎると、かえってストレスが増えることもあるため適度なバランスを保つことが大切です。
当事者と無関係な人に愚痴るほうが発散できる
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
私がおこなっている企業のカウンセリングでは、言いたいことや伝えたいことがあっても、「上司に相談しづらい」「手伝ってと言えない雰囲気がある」といった悩み相談が後を絶ちません。さらに、現在はリモートワークをおこなう企業が増え、ここ数年でコミュニケーションの取り方が大きく変わりました。部下は上司に、上司は部下に遠慮しすぎて、円滑にコミュニケーションができないケースも増えています。同様に、職場において「意思疎通を図るのが難しくなった」と感じている人も多いのではないでしょうか。
仕事におけるネガティブ感情を払拭するには、職場に「気軽に話せる人」を持つことです。そして「仕事以外の話をしてみる」、「心の中に溜まっているモヤモヤを愚痴ってみる」など、小さなアクションを起こすことで人との関係性は驚くほどに変わります。つまり、職場の人間関係を「仕事だけ」と切り離さず、日頃から「つながりを持とう」と意識して実行することが肝心です。そして、自分の人となりが伝わるようなコミュニケーションを心がければ、悩みの種が深刻な問題に成長する前に刈り取ることができるはずです。
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■記事公開日:2025/03/25
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか