「ソーシャルディスタンス」という言葉をよく耳にするようになりました。これは、新型コロナウイルスの感染拡大防止策として「人と人との濃厚接触を避ける距離」というのがここ最近の解釈です。対人距離は最低1メートル以上、できれば2メートルのスペースを確保することが望ましいとされていて、金融機関やコンビニエンスストアなどでも客同士が接近しないよう配慮する店舗が増えています。
実はこの「ソーシャルディスタンス」は、感染防止など公衆衛生の概念ではありません。本来は、文化人類学者エドワード・ホール博士の研究による『人間の縄張り意識と対人距離』の1つで、職場における会話など、公の場でのコミュニケーションに適した距離感のことを「ソーシャルディスタンス」と呼びます。
ホール博士の提唱するソーシャルディスタンスでは、職場での対人距離は1.2メートル~3.6メートルまでの間で相手と接することが望ましいとされています。その理由は、最低1.2メートルの間隔があれば、お互いの"心理的な縄張り意識"を侵害することなく安心して対話ができる。逆に、3.6メートルを超えて離れてしまうと二者間コミュニケーションには不適切な距離になってしまうからだそうです。
つまり、このスペースの中でどれだけ距離を縮められるかが"信頼関係のバロメーター"になるのです。また、威圧感を感じればパワハラ、近すぎるとセクハラ、などと言われる昨今は、逆の意味でもソーシャルディスタンスを意識したコミュニケーションが求められます。"心理的距離"に無頓着過ぎると、無意識のうちに相手を不快にさせたり、無用なトラブルに巻き込まれることにもなり兼ねません。
人と人との距離や隣人のデスクまでの間隔、さらにはオフィスの通路幅など、こと職場空間の"サイズ"に係わるテーマに話が及ぶと「ウチのオフィスは狭くて無理」と拒絶反応を示す方も少なくありません。しかし、仕事に集中できる環境であるか否かは、業務の全体的な効率に大きく影響します。また、そうした環境を整えるためには、まず何より、個々人の"心理的距離"を軸とした意識改革とそれに伴う行動が不可欠......と、コンビニエンスストアのレジ行列の中で、ソーシャルディスタンスを完全に無視してマスクも付けずにスマホを見ながら接近してくる若者に、著しい不快感を覚えながら強く実感した次第です。
■記事公開日:2020/04/21
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=Pixta