外出時にマスクを着用することやソーシャル・ディスタンスを保つことは、もはや日常生活を送る上での常識と言っていいでしょう。また、会社の受付や会議室、オフィスのデスク周りなどにも、飛沫防止のアクリル板などを設置することは、安心・安全な対面コミュニケーションをおこなう上で然るべき対策になっています。
その一方で、第一生命が昨年おこなった『新型コロナウイルスによる生活と意識の変化に関する調査』では、「マスクをしている自分の声が相手に伝わりにくい」、「マスクをしている人の声が聞こえにくい」と感じている人がそれぞれに約7割もいて、マスク着用時の会話の困難さが浮き彫りになりました。
しかしながら、2021年を迎えて今年も折り返しに入った現在も、コロナ禍終息の兆しは見えず、通勤時やオフィスワークでの対面コミュニケーション時には、マスクを着用せざるを得ない状況が続いています。
こうした中で、ボイストレーニングに通うビジネスマンがにわかに増えているのだそうです。これは、「人が与える印象は、見た目・表情・しぐさが55%、声質・口調・速さ・大きさが38%、話す内容はわずか7%に過ぎない」という『メラビンの法則』に基づきつつも、「顔の半分がマスクで隠れてしまうコロナ禍は、表情に緩急をつけることが困難なため、発声や話し方を徹底的に鍛えて好感度を上げましょう」といったビジネススキルのようです。
「いくら好感度を上げたいからといって、カラオケ教室じゃあるまいし、ビジネスマンがボイストレーニングに通うというのは大袈裟だろう...」と高を括っていたところ、「それはかなりの世間知らず」と学生時代からの友人に指摘されてしまいました。彼が勤める信用金庫では、リモート勤務の期間に会社が用意したオンラインのボイストレーニングを受講することが義務付けられているそうです。その目的は、単に好感度を上げることではなく"地域密着型金融機関"ならではの理由があってのこと。大いに納得しました。
その理由とは、顧客の特性です。地域密着型の信用金庫には悠々自適の年金生活を送られているお客さまも多く、中には、補聴器を装用された方も少なくないそうです。そのような方にとっては、職員がマスクをしていると、声がこもって聞き取りにくく、聞き間違いや聞きもらしのリスクがあるそうです。こうしたことを防ぐためには、マスク未着時の1.5倍の強さで発声しなければコミュニケーションが成立しないのだとか。しかしながら、ただ無闇に声を張り続けても意思疎通はできません。そこで採用されたのがボイストレーニングだったそうです。一番簡単なアプローチは、口の開き方をいつもよりも1.5倍大きくして発声するだけで、マスクを着用していても言葉の響きがクリアになるのだそうです。
これを聞いてつくづく納得すると同時に、今後私たちが取り組むべきポストコロナ対策は"第2ステージ"に入ったことを痛感しました。オフィスでもソーシャル・ディスタンスを保つ、パーテーションを設ける、時差通勤やテレワークを実施する、時短会議で密を避けるなど、これまで私たちが取り組んできたのは"我が身を守る対策"でした。これからはそれらに加え"顧客の利益を守る対策"を両建てで実行してゆく必要があるのではないでしょうか。そして、その1つの試みがビジネスマンのボイストレーニングなのです。
■記事公開日:2021/07/12
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=PIXTA