ビールに味を!人生に幸せを!
人生初の"お酒"といえば、多くの人がビールを挙げるのではないだろうか。それだけにビールメーカーの責任は重い。初めて飲んだビールが感動的に美味ければ、幸せな時間が増えて人生が潤い、酒屋や飲み屋も違った意味で潤うはずだ。だが、最初のビールが口に合わなければ、ソーバーキュリアス(非飲酒主義者)が増えて、その界隈には閑古鳥が鳴くことになる。これは冗談でも誇張でもなく、昨今の若者のアルコール離れは、酒に対するファーストインプレッションが大きく関係しているとも言われる。
株式会社ヤッホーブルーイングは、国内に500か所以上もあるクラフトビールのマイクロブルワリー(小規模醸造所)の中で、トップシェアを誇る『よなよなエール』で18期連続増収を続けている大注目の企業だ。言うまでもなく、美味いビールづくりの代表格でもあるわけだが、人気の秘密はテイストだけではない。日本のクラフトビール草創期から過当競争に巻き込まれず、経営危機をも乗り越えて成長できた背景には、「万人受けを狙うのではなく、熱量の高いファンとの絆づくり」に全力を傾けてきた企業風土がある。『ビールに味を!人生に幸せを!』を合言葉に、美味いビールをつくり続けてきたヤッホーブルーイングの仕事の流儀を、採用・育成・組織開発担当の高畑健太郎さんに話を聞いた。
規制緩和が生んだ地ビールブーム
1年365日、毎晩ビールを飲んでいるけれど、地ビールとクラフトビールの違いが分からない...まずはここから高畑さんにレクチャーしていただいた。
「日本における地ビールの夜明けは1994年の規制緩和がきっかけになっています。それ以前のビール業界は、製造免許取得に必要な年間最低製造量が2000キロリットルに定められた大手企業の独占市場でした。それが規制緩和により、最低製造量が60キロリットルにまで引き下げられ、日本各地にマイクロブルワリーが誕生。町おこしの一環としてつくられた地ビールが大ブームとなりました」。
当時はまさしく"地ビール百花繚乱"で、珍しいビールやご当地のビールが一気に増えたが、どちらかというと「お土産」色が強く、未熟な醸造技術でつくられていたビールも少なくなかった。結果、「地ビールは値段が高いばかりで美味くない」というイメージがつき、ブームは終焉を迎えることとなる。
「そうした中、一部のマイクロブルワリーは地ビールブーム終焉後も細々と技術を磨き続け、高品質なビールをつくり続けました。2000年代に入り、アメリカでクラフトビールが人気を集めるようになると、地ビールから『クラフトビール』に名前を変えるものが増え、ビールファンの支持を得て定着するようになったのです」。
目指すのは地ビールの頂点ではない
ヤッホーブルーイングの創業は1997年。創業者は星野リゾート代表の星野佳路氏である。星野氏はアメリカ留学時にビールの多様性に触れて、「ビールのバラエティを日本でも広めたい」という思いを抱き、帰国後、現社長の井手直行氏を引き入れてビールの製造事業に乗り出した。とりもなおさず、当時の日本は地ビールブーム真っ只中である。それはヤッホーブルーイングにとっても追い風となったが、「目指した高みが違っていた」と高畑氏は言う。
「弊社には『軽井沢高原ビール』という長野県内限定のビールがあります。それはあくまでブランドの1つであって、事業のドメインになるとは考えていませんでした。我々が目指したのは、特定のエリアだけで飲めるビールづくりではなく、クラフトビールの全国展開です。
最近でこそ缶タイプのクラフトビールも流通し始めましたが、当時の地ビールといえばビンと相場が決まっており、価格も1本600円前後と高め。スペシャリティがありそうだけれど、一般消費には不向きなビールでした。かたや弊社の『よなよなエール』は、販売開始当初から価格もお手頃(税抜248円)で、流通に乗せやすい缶タイプ。より広いエリアで、個性豊かなクラフトビールを楽しんでいただけるようなスタンスを貫いてきました。つまり、見据える目的とそれを実現させるための視野と手段が、他の地ビールメーカーとは抜本的に異なっていたわけです」。
100人に1人に刺さる製品をつくる
各々のパッケージを見ても分かる通り、ヤッホーブルーイングのビールはどれも個性的な顔立ちをしている。また味わいについても、同じエールビールであってもバラエティ豊かな味わいを楽しむことができる。取材に先立ち、ヤッホーブルーイングの稼ぎ頭『よなよなエール』と『インドの青鬼』を飲み比べてみた。『よなよなエール』を飲んだ時は「美味い!」と舌鼓を打ったが、『インドの青鬼』は初めて体験する強烈な苦みに美味しさよりも驚きの方が勝った。その感想を率直に伝えたところ、高畑氏は"我が意を得たり"といった笑顔でこう言った。「それが私たちのビールづくりなのです」。
ヤッホーブルーイングのビールづくりの基本コンセプトは「100人に1人に刺さるクラフトビールづくり」というもので、万人受けするビールをつくろうなどとは考えていない。ターゲットを設定したら、それらのカテゴリーの人々に熱量の高いファンになってもらえるよう徹底してやる。したがって、「こっちのビールは好きだけれど、こっちはちょっとね」という意見が出るのは想定内だ。むしろ、そうした拡張性が大手ブルワリーとの差別化にもつながっている。
「テイスト然り、パッケージデザイン然り、ビールの4大メーカーともなると、ここまで突き抜けたことは出来ないと思います。なぜなら、彼らには長い歴史があり、顧客はその歴史に愛着を抱いているからです。もっと直截的に言うならば、キリンビールにはラガービール独特の苦みがあり、アサヒビールにはドライなキレがある。その特長が莫大な利益をもたらすわけで、仮に、斬新なアイディアが出たとしても会議ではまず通らないでしょう。そのあたりの自由度もマイクロブルワリーの魅力ではないでしょうか」。
フラットな組織文化を構築する
ヤッホーブルーイングの仕事の流儀は、個々の経験や能力を最大限に発揮して共通の目標を達成する"チームプレー"が前提になっている。それはブランディングやテイストについても然りで、切れ者の責任者が独断で方向性を決めるのではなく、若手からベテランまでメンバーたちが自由に意見を出し合いながら着地点を見つけてゆく。そうした働き方が習慣化され、メンバー同士が能動的にコミュニケーションを取るようになれば、チームの結束力は高まり、目標達成に向けて前向きに動こうとするマインドセットが形成できるというわけだ。
「だからこそ、より個性的で味わい深いクラフトビールが生まれるのです。したがって、ヤッホーブルーイングの独自性は何か?と問われれば、"フラットな組織文化"を第一に挙げるべきだと思います。やはりトップダウン方式の仕事のやり方では、面白いアイディアは出てきません」。
フラットな組織文化を浸透させるために、ヤッホーブルーイングでは名前に役職を付けたり、「~さん」と呼ぶのも禁止して、お互いをニックネームで呼んでいる。高畑氏のニックネームは「六文」。長野県上田市真田町出身の高畑氏は、戦国武将の真田氏の家紋である"六文銭"に因んで「六文」というニックネームを自己申告したと言う。ニックネームに「最初は抵抗感があった」という高畑氏も、上下関係を意識せずに互いを呼び合うことで「フラットな感覚で議論ができるようになった」と、効果を実感していると言う。
インターネット通販に活路を見出す
ビールの製造開始から2000年頃にかけてヤッホーブルーイングは急成長を遂げる。しかしながら、ブームには必ず終焉があるもので、地ビールブームも2000年を過ぎるとピークは去り、6割以上のブルワリーが廃業した。ヤッホーブルーイングも煽りを受けて売上げが落ち込み"冬の時代"へと突入し、赤字決算が続き経営の危機に直面する。
「窮地にあって活路を見出したのがインターネット通販でした。それは"販路の確保"という利益に直結するメリットもありましたが、インターネット通販ならではのOne to Oneコミュニケーションを活用した"お客さまとの直接的な関わり"といった部分が大きかったです。お客さまから支持をいただけるように独自のメルマガを配信したり、よなよなエールの写真募集などの企画をおこなったり、いろんな工夫を積み重ねて、通販に着手した2004年から業績が回復。その後も成長を続け、18期連続で増収を達成している次第です」。
インターネット通販の特性を活かした数々の取り組みは、あらゆる企業が当たり前のようにおこなっているが、業績改善するほどの成功例は少なく、そう簡単に活路を見出せるものではない。ヤッホーブルーイングは、なぜそれを成し遂げられたのか。
「"背水の陣"の覚悟を持ってインターネット通販に取り組んだからです。ファンイベントを開催するにしても、イベント会社に丸投げするのではなく、社員が普段の仕事と並行して企画を立て、自ら現場でオペレーションをおこない、お客さまの反応を間近で見て、そこにやり甲斐を感じる。このサイクルが上手く回ったということだと思います。そうせざるを得なかったという部分もありますが、"社員の当事者意識"が、業績回復のエンジンになったことは間違いありません」。
こんなはずじゃなかった!をつくらない
ヤッホーブルーイングには細かい役職も上下関係もない。いわば、それをして「フラットな組織」と言うわけだが、新卒の若者や、他業種からの転職者にしてみれば、「上下関係がないってどういうこと?どんな顔して接すればいいの?」と戸惑うことも多いはず。自由と不自由は諸刃の剣なのだ。それでなくとも若者との接し方が難しいと言われる昨今、何を採用の基準にしているのか。また、入社後の教育はどうしているのか。
「人材採用の基準にしているのは、弊社の理念(ビールに味を!人生に幸せを!)に共感できる方、そしてヤッホーブルーイング独自のカルチャーである『ガッホー文化』(フラットな組織をベースとして究極の顧客志向を目指す。そのためには、自ら考えて行動し、切磋琢磨できる"知的な変わり者"であること。)の働き方で仕事を楽しめる方ということになります。
とはいえ、言葉だけ聞いても"なんのこっちゃ?"となりますので、説明会では平たい言葉で説明するようにしています。入社してからも1か月間はみっちりと理念を学んでいただき、さらに3か月くらいかけてチームビルディングの研修を実践的なプロジェクト形式でおこないます。ですから、入社してから"こんなはずじゃなかった!"というようなことは双方ともにありません。入社してから(或いは受け入れてから)齟齬がおこらないようきちんと説明をすることは会社の責務ですし、そういった学びの場があるか否かで、人材成長のスピードやロイヤリティは格段に違ってくると思います」。
コロナを越えて目指すもの
ヤッホーブルーイングの朝は30分間の「雑談朝礼」から始まる。そうした場で、プライベートなことを含めて"人なりを理解できている"という前提があるからこそ踏み込んだ議論もできる。そんな日常がコロナで変わった。リモートワークを強いられて、新入社員の研修ですらオンラインで実施するなど、コロナ禍にあって生のコミュニケーションが途切れたのだ。
売上についても明暗があった。居酒屋をはじめとする業務用の販売量は世の中の例に漏れずダウンした一方、家飲み需要が増えたことで、ECサイトでの販売やコンビニをはじめとした流通販売は売上が大幅に伸びた。「外で飲めないなら、家ではせめて美味いビールが飲みたい」という人たちの受け皿になったカタチだが、これぞまさしくヤッホークオリティの強みだろう。今後はその強みをどう伸ばしてゆくのか。最後に今後のビジョンを聞いた。
「今年の2月に大阪営業所を開設しました。これまでは、軽井沢及び東京(首都圏エリア)を中心に拡販を進めてきましたが、ようやく関西エリアでの営業が本格的に開始されることになりました。関西圏のクラフトビール市場を盛り上げるべく大阪にも醸造所を設けることを目指していますが、ゆくゆくは全国的な展開も視野に入れています。日本中の人たちに弊社のクラフトビールで笑顔になってもらいたい。そんな思いでいます」。
■記事公開日:2021/11/26 ■記事取材日: 2021/11/15 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久