多分野で研究が進むAI技術
オックスフォード大学のマイケル・オズボーン博士が2013年に発表した論文『The Future of Employment(雇用の未来)』では、2030年頃までに米国の仕事のおよそ5割が人工知能(AI)によって自動化され"消滅するだろう"と予測している。その予測から10年。AIの実用化に向けた研究は着実に進められ、一部の仕事では既に人とAIの置き換えが始まっている。
そうした一方、AIは自然言語処理(人間の言語を解釈して応用する技術)が得意ではないと言われてきた。AIには言葉の意味が理解出来ないため、未学習の単語や構文には反応することが出来ないのだと。ところが昨年、そうした概念をひっくり返す出来事が起こった。ChatGPTの登場だ。
言語特性として日本語に対してはまだ課題があるものの、英語ならほぼ完璧に自然な対話をおこなうことが出来る。また、来日した開発企業のCEOが日本に事業拠点を設ける意向を示すなど、「人間は本当にAIに仕事を奪われてしまうのでは」という危機感を持つ人が急速に増えた。
ChatGPTのみならず、AIの研究はあらゆる分野で日進月歩だ。しかし研究が進むほどに"人間はAIといかに付き合っていくのか"という問いが生まれてくる。そこで今回の『企業見聞』では、約1020万人のリサーチデータ(デザインに対する消費者意識)を使い、東京大学と共同研究したAIシステム『パッケージデザインAI』のサービスの提供をおこなう、株式会社プラグ代表取締役社長の小川亮氏に話を伺った。
リサーチとデザインの統合
株式会社プラグは、マーケティングリサーチをおこなう株式会社CPPと、パッケージデザインを手掛ける株式会社アイ・コーポレーションが2014年に合併して設立された。一般的には、中小企業同士の合併は課題もあると言われる。"事業規模の拡大"や"対等な立場での合併"などが期待できる反面、今まで築き上げてきた信用力が維持出来るとは限らない。両社にとって何が決め手となったのか。
「パッケージデザインの制作は、まず、リサーチ(消費者調査)をベースに仮説をつくりそれをデザインに落とし込み、そのデザインを更にリサーチして改善するというプロセスを繰り返し、最終的な製品へとブレイクダウンしていきます。つまり本来的には、リサーチとデザインはセットであるべきものなのです。ところが中小規模のデザイン会社はリサーチ部門を持つ余力がなく、必要以上に時間もコストも嵩んでいるのが実情でした。リサーチとデザインのサービスをワンストップで提供することが出来ればそうした問題も解決されるし、クライアントの製品開発プロセスを川上から川下までトータルにお手伝いする"伴走者"になることも出来ると思ったのです」。
小川氏が常々考えていたのは、"受注型の事業スタイルからの脱却"と"付加価値の高いコンサルティングワーク"の実現だった。元CPP社長(現プラグ副社長)も同じような経営課題を抱えており意気投合。同規模の会社ということもあったため、対話を重ねる中で互いの会社が一緒になる方向で話が進み、株式会社プラグが誕生した。
ちなみに、社名の"プラグ"もこの合併に由来している。電源プラグは穴が2つあるからこそ強いエネルギーを生み出すことが出来る。これと同じように、リサーチとデザインという2つのサービスを統合させることで、より力強く顧客のブランドを輝かせる会社になりたい。そんな思いを社名に込めたと言う。
好意度をAIが予測し自動で生成
合併以降プラグでは、"いいデザインってなんだろう"をテーマとして、パッケージデザインの好意度調査をおこなっていた。それはあくまでパッケージデザインの在り様を探る自社研究であり、「AIプロダクトの開発を視野に入れてのことではなかった」と小川氏は言う。ところが、蓄積されるデータが膨大な量になるにしたがって、「これらをAIと紐づければ、デザインに対する評価を予測するプログラムがつくれるのではないか」と考えるようになる。これが『パッケージデザインAI』開発の原点だった。
「商品開発はスピード勝負。より早く市場に流通させることが肝心です」と小川氏は力説する。そこにクオリティ(売れるパッケージデザイン)を付加するためには、出来るだけ多くPDCAを回し、デザインをブラッシュアップしていく必要がある。ところが、一般的なパッケージデザインの制作プロセスにはそれを阻害する要素があると言う。
「商品パッケージの開発期間は概ね6か月ほど。前半3か月がクリエイティブの期間で、少なくとも20以上のデザイン案が制作されます。そこから複数案に絞り込み、消費者にデザイン案を見比べてもらいアンケートを集計・分析するわけですが、その結果が出るまでに2か月近くかかる場合も珍しくありません。したがって、この間はPDCAを回すことも出来ないし、開発チームは空白の2か月間過ごすことになるわけです」。
パッケージデザインAIを使えば、この2か月間を大幅に短縮できる。パッケージのデザイン画像を指定のサーバーにアップロードすると、消費者がデザインをどのように評価するかをAIが予測し、消費者がパッケージのどこに関心を示すかをヒートマップで可視化する。これらの評価はわずか10秒で算出される。
さらに、AIが評価したデータに基づいて、デザイン原案のパーツを組み替えて新たなデザイン案を自動的に生成。この『評価』と『生成』をAIが何度も繰り返し、1時間で最大1000案のデザインを作成。これまで人間が3か月間かけておこなってきた仮説と検証とデザインの修正を、AIがたったの1時間で最適化してしまうのだ。
評価AIがプラグのアドバンテージ
パッケージデザインAIを活用して「商品の売上が大きく伸びた」という事例も多数でてきている。カルビー株式会社は、"最堅食感"がセールスポイントのポテトチップスをリニューアルするにあたり、食感がより伝わるものに刷新するため"評価AI"を採用してパッケージデザインの改修をおこなった。その結果、消費者に対して商品の特徴がしっかり訴求され、リニューアル前と比較して1.3倍の売上アップを達成したと言う。
「メーカーの商品開発担当者からよくお聞きするのは、"何度もPDCAを回して検証出来ることがとても有難い"というお言葉です。そもそも、年間数多くの新商品を出すメーカーでは、綿密なリサーチをおこなってパッケージ開発が出来るのは限られた商品だけです。その他の商品については担当者も、出て来たデザイン案をどのような基準で見極めれば良いかの指針を持てずにいることがよくあります。もちろん全てをAIで決められるわけではありませんが、AIが客観的な評価を出してくれることで、それを元に議論が出来るようになったことは、メーカー担当者にとっては大きな収穫と言えるのではないでしょうか」。
一方、生成AIに関しては昨年の秋頃から、「Midjourney」や「Stable Diffusion」、Microsoftからは「DALL-E」といった"テキストから画像を生み出す生成AI"が次々と公開された。今でこそChatGPTのインパクトに押しやられた感があるが、当時はビジネスシーンやクリエイティブの現場へ大きな影響を与える可能性があるとして話題になった。
「プラグが開発した生成AIは、それらと比べるとアルゴリズム的には原始的です。しかしながら、デザインの評価と生成を繰り返して"最適解"を見つけるAIツールとして、今話題の画像生成AIツールとは異なる価値を提供するものです。今後は、ChatGPTはじめ、さまざまな生成AIを使いながら新しいデザインのつくり方が進化していくことでしょう。私たちは現在、その点を視野に入れて新たな生成AIの開発を始めています。1年以内には何らかの成果をお披露目したいと思います」。
AIがデザインを民主化する
最後に、「AIにデザイナーが仕事を奪われる日は本当に訪れるのか?」という禁断の質問をぶつけてみた。小川氏はしばらく考え、「イエスでもあり、ノーでもあります」と言った。
「第一に、デザインのつくり方が大きく変わります。当社のデザイナーもAIを使うようになって、創造性が広がり面白いデザインが生まれるようになりました。これまでは、Adobeの Illustrator やPhotoshopが世界中でデザインのスタンダードツールになっていましたが、今後は、AIをデザインツールとして使っていくことで新しい表現や創造性を手に入れることが出来るのです。
例えば、ペンで文章を書く時と、スマホで文章を書く時とでは文体やニュアンスが変わるように、ツールが変わることで人の創造性は変わります。AIは新しい創造性を発揮させてくれるツールになるでしょう。
そしてもう1つは"デザインの民主化"です。遠くない将来、デザイナー以外の人がデザインをつくる時代が間違いなく訪れます。これは、生成AIの進化が直接的にデザイナーの仕事を奪うというより、一般の人々にとってデザインの垣根が低くなるということです。
例えば商品開発する場合、イメージは浮かんでいるのだけれどディテールが上手く伝えられない、ということがあります。ところが、生成AIを使えるようになれば、プロのレベルにまでは達しなくても、誰もがある一定の質を保ったデザインをアウトプットすることができる。そして、"こんなイメージなんだよ"とドラフト案を見ながら議論することが可能になります。
それを私は、"プロトタイプとしてのデザイン""言語としてのデザイン"と呼んでいます。いわば、wordやexcelと同じようなスキルで、自分がやりたいことを思うようにカタチにして共有する方法です。こうした環境が整ってくれば、中途半端なクリエーターは淘汰されていくだろうと思います。ただこれはデザイナーに限らずどんな仕事でも一緒です。時代の転換期の宿命ではないでしょうか」。
私たちは"人間の知能と競い合う技術"としてAIを敵対視していないだろうか。しかし今は、そうした捉え方を変えなければならない過渡期にあると、小川氏の話を聞いて強く思った。敵対視するのではなく、AIと協力し合って目の前の課題と対峙していけば、人間にとっての利益は必ず大きなものとなるはずだ。今の日本はAIに懐疑的な感情を持つ"否定派"がまだまだ多い。しかしながら、いつまでも目を背けているわけにはいかない。なぜなら、今後はあらゆる仕事が『民主化』されていくことは間違いないのだから。
■記事公開日:2023/05/22 ■記事取材日: 2023/04/19 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久・Adobe Stock