「東京土産」の座を奪還する
北海道なら白い恋人、仙台なら萩の月、名古屋なら青柳ういろう、大阪なら堂島ロール、福岡ならチロリアンといったところだろうか。各地に出向いたときには「とりあえずこれを買って帰ればいいだろう」という昔ながらの銘菓をすぐに思いつくが、残念ながら東京は「これ」といった土産菓子が思い浮かばない。それは、土産として相応しい菓子が「ない」のではなく、毎月のように新しい菓子が市場参入して土産売り場は百花繚乱。「あり過ぎる」がゆえに1つに絞ることができないという贅沢な悩みである。反面、菓子メーカーは「我が商品こそが」と知名度を上げるべく試行錯誤の毎日だ。
「東京土産」最大の"売り場"となるのは、なんといっても羽田空港と東京駅だ。まず、この2か所に棚を獲得しなければ競争には加わることができない。量産が不可能な個人商店や、あえて直営店舗のみで販売を行う菓子メーカーは別として、ここで名を上げることが「東京土産」として認知される条件になる。ただしそれは売り上げ次第の入れ替え制で安泰ではない。かつて、この激戦区で年間10億の売り上げを誇った人気商品「ぼーの」も今では全盛期ほどの勢いはない。その製造・販売元であるD&Nコンフェクショナリーは、「東京土産」市場における巻き返しを目指し、企業体質から抜本的な改革を進めている。
ANA FESTAから思わぬ引き合い
D&Nコンフェクショナリーは、株式会社ドトールと日本レストランシステム株式会社がホールディングスを設立した翌年(2008年)に、ドトールコーヒーショップ(以下ドトール)に供給するOEM商品の製造を主として事業をスタートした。現在でも製造商品の構成比率は約7割がドトールに供給するチルドケーキで、残りの3割が外販商品の焼き菓子となっている。焼き菓子は一部ドトールでも販売を行っているが、基本的なスタンスは「土産菓子」として市場展開しているという。
しかしなぜ"土産"だったのか...。
「最初のきっかけは羽田空港内で土産物を取り扱うギフトショップANA FESTAさんからの思いがけない引き合いでした」と話すのは、商品本部長の菅野吉幸氏。その時、菅野氏は担当者の言葉に衝撃を受けたと言う。「驚いたのは、2009年当時、FESTA内で一番の売れ筋は横浜・崎陽軒のシウマイだったことです。それくらい東京には、特長的な土産菓子がなかったのです。そこで、東京の顔になるような土産菓子を開発して欲しいというのが先方からの要望でした」。
そして翌2010年10月に「ぼーの」を販売開始。直後よりFESTAの人気商品となり、D&Nコンフェクショナリーの土産事業は幸先の良いスタートを切った。
「これはチャンスだと思いました」と事業本部長の倉田輝明氏は話す。「会社の成り立ちからして、我々の顧客はドトール一本だったわけです。しかし、会社の価値を上げるためにはドトール頼みではなく、より広い
市場に対して主体的な働きかけが必要であることは薄々気づいていました」。そこに舞い込んだのがANA FESTAからの「東京土産」の開発打診だった。
D&Nコンフェクショナリーにとっては、まさしく"渡りに船"で、加えて「ぼーの」の成功は、社内の士気向上を大いに後押ししたという。
独自技術でチーズケーキの日持ちを実現
ここ数年、洋菓子の市場はチョコレート素材の商品が一人勝ちの状態で、事実、D&Nコンフェクショナリーの工場生産もチョコレート素材の商品が伸びているという。もちろん開発当時もその兆しはあった。にもかかわらず、なぜベース素材にチーズを選んだのか。
「1つには、チーズは老若男女を問わず好まれる人気素材であったこと。そして何より、当時はチーズケーキの土産菓子がほとんどありませんでした。一番のネックは日持ちです。そこを徹底的に研究して、常温で日持ちがして美味しく食べられるチーズケーキの開発を行ったのです」と菅野氏は話す。
取材中、実際に「ぼーの」以外の商品も試食をさせていただいたが、口当たりのなめらかさは、まさしく洋菓子店のチーズケーキそのもの。土産菓子の概念を良い意味で裏切るクオリティだった。「常温で日持ちさせるためには水分が大敵です。ただし水分がないとチーズのなめらかな口当たりは実現できません。この二律背反する課題を当社の独自技術でクリアしたところに"ぼーの"の成功がありました」と菅野氏は胸を張る。
ところが直後「しかし土産菓子市場は、美味しさだけではダメなのです...」と口を濁した。
"つくる"から"売る"仕組みづくりへ
菅野氏の言葉を引き継ぐように、営業部の今井まるみ氏が会社の現状を次のように話してくれた。
「私たちの会社は、お菓子づくりのエキスパートの集まりといいましょうか、社内で会話をしていても作り手の発想に傾きがちです。それだけに、モノづくりのアイディアはどんどん出てきます。いろんなこだわりが商品に詰まっていて、他社には決して真似ができないとも自負しています。したがって、強みは何か、と問われれば"技術力"と即答できます。食べていただければ必ず納得いただけるはずです。ただそのためには、まず手に取っていただかなくてはなりません。つまり、食べなくても美味しさが伝わるような提案力が一番の課題かと思っています」。
事実、「ぼーの」は発売以来8年が経つ。売り場の方々にしてみれば、8年間売り続けてきたものなので驚きが感じられなくなっているのではないかと今井氏は推測する。
その一方で、初めて食べたお客様からは「これは美味しい!」というアンケートが頻繁に寄せられる。このあたりの温度差を縮める策を持たない限り、自慢の商品を「No.1の東京土産」に押し上げ、会社の価値を上げることは難しいのではないかとも。
D&Nコンフェクショナリーは今、成長の第二ステージの入口で"販売戦略"という岐路に立っている。
試されるムーブメントを起こす本気度
「もう1つの課題は、商品の企画力です」と倉田氏は言う。D&Nコンフェクショナリーの外販商品ラインアップは、「ぼーの」を筆頭に、「焼マシュマロ・タルト スモア」、厳選したチーズを風味豊かなスイーツに仕上げた「チーズブラヴォー」の3つ。いずれも極めて高いクオリティの土産菓子だ。
「我々の開発力と製造力を高く評価していただいてOEM商品の製造依頼が結構あります。事実、一部請けているものもありますが、これ以上OEMにウエイトを置くべきではないと思っています。あくまでもPB商品(自社ブランド商品)を自分たちの力で市場に送りだし、ムーブメントを起こしていきたいというのが当社の方針です。ただ、なかなか新しいアイテムが開発できません」。
実際のところ、ここは痛し痒しの部分でもあるそうだ。販売力に優れた会社から「こんな菓子をつくって欲しい」という要望があった場合、「これがうちで発想できたら即商品化をしたのに」という魅力的な企画がしばしば舞い込むのだと言う。つまり、モノづくりにおいてはどこにも負けない自負があるものの、入口(商品企画)と、出口(販売戦略)の部分が些か弱い。これは非常にもったいない状況である。
企画力や販売戦略の不足。これはドトールのOEM商品が大きなウエイトを占めていただけに、PB商品に注力できていなかったところに問題があったと菅野氏は顧みる。
「胡坐をかいていたわけではありませんが、PB商品でムーブメントを起こそうとするなら、もっともっと多くの方からの意見を聞いて、新たな商品開発や販売戦略に活かして行かなくてはなりません。今はその本気度が試されているのです」。
環境整備の徹底と、その先にあるもの
菓子業界を問わず、食品業界全般、品質の管理が極めて厳しくなっている。1つ事故が起これば、それまで培った信頼は地に落ちてしまう。こうした事態を起こさぬようD&Nコンフェクショナリーでは、「環境整備」の取り組みを徹底強化している。
「これは、企業体質を改善すれば、必然的に売り上げも上がり、従業員の報酬も上がる、というマネジメントサイクルが軸になっています。それを実行していくためには、全従業員が足並みを揃えて、個々の意識を改革することが大事です」と菅野氏は言う。
その先頭に立ち指揮をとっているのが倉田氏だ。具体的には、礼儀、規律、整理、整頓、安全、衛生という6つの項目に対して、それぞれにレベルを向上させるというもので、その徹底ぶりは見事である。倉田氏は言う。「なぜここまでやるかというと、ドトールの成長だけに依存することなく、外販で勝っていくための布石でもあるのです。もちろん徹底するのはなかなか難しいことです。しかし、良いモノをつくるという大前提の基礎に、良い会社であるために必要な意識の共有を行わない限り、会社としての成長は望めないのではないかと思っています。要は、一人ひとりが会社の成長に当事者意識を持つということです」。
現在もこれからもD&Nコンフェクショナリーは、ドトールと日本レストランシステムの関連会社であることに変わりはない。しかし、いずれは一本立ちする可能性も視野に入れて変わろうとしている。そのためには草の根的な部分から意識改革を行って行かなければ、その実現はないと菅野・倉田の両氏は言う。
■記事公開日:2018/03/20 ■記事取材日: 2018/03/01 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久