依存体質を改善し、成長路線を築く
自社ビルの屋上に、会社案内にアクセスする巨大なQRコードを設置するなど、ユニークな取り組みが度々マスコミでも取り上げられてきた株式会社電巧社は、今年2月、創業90年を迎えた電気のハイブリッド商社だ。事業の守備範囲は、商社としてビル用電気設備、産業用電気品、省エネ、IT機器、各種工事と幅広く、加えてメーカー部門では配電盤製造、ソフトウェア開発と多角的だ。それぞれの部門が高い専門性を備えることで、お客さまの課題に最適な提案を可能にする成長企業でもあるが、かつては産業用電気品と配電盤のみを中心とした商いに留まっていた。
今の成長路線を築いたリーダーが、現在の代表取締役社長・中嶋乃武也氏だ。氏は入社当時の26年前を振り返りこう話す。「前職を辞して、父が経営する電巧社に入社しました。いろんなカルチャーショックがありましたが、とくに驚いたのは仕事に対する主体性の欠如です。大手電機メーカーのビジネスパートナー(特約代理店)という立場に依存し過ぎるがあまり、自らビジネスを創造しようとする姿勢はなく、すべてがメーカーの言いなり。極端に言えば放っておいてもものが売れるという時代背景もあったのでしょう。手間を嫌い、ただ単にものを流す。儲かるからそれでいい。そんな風土の会社だったんです」。
当たり前のことをきちんとやって利益体質に
電巧社はバブル崩壊時に倒産の危機に直面している。売上が半分以下に落ち込み、「あと何年持つだろう」という時期があった。中嶋氏は経営危機を招いた最大の要因を、中小企業によくありがちな"どんぶり勘定"の大雑把な経営にあったと分析している。
顧客との良好な関係を維持したいあまり、面倒なお金の話は後回し。結果、売りっぱなしの売掛金未回収や不動在庫が増え、次第に会社のキャッシュフローは健全性を失ってゆく。好景気であれば売上増の中では目立たなくても、不景気になって仕事量が減ると一気にウミが噴出し、中小企業はひとたまりもない。
その危機を乗り越えたのが『当たり前のことをきちんとやる』というビジネスの基本への立ち返りであった。しかしそれは、口で言うほど簡単なことではない。いかに正しいことでも今までの習慣にないことは理解し辛く抵抗も大きい。したがって、組織や体制にも大きなメスを入れざるを得なかった。そしてあらゆる手を尽くして危機を乗り越えた時、社員の考え方が変わっていた。
「それまで歯を食いしばって頑張ってくれていた社員たちの中に、『自分たちの手で会社を守る』という当事者意識のようなものが芽生えたのです。皆の努力で徐々に利益体質になってきたことも後押ししてくれました。辛い経験ではありましたが、バブルが弾けてどん底に突き落とされたことは、結果的に当社発展に向けた大きな転機でした」。
情報公開と社員の絆づくりが経営の基本
社員に当事者意識が芽生えるきっかけとなったのは、会社の状況や、今起こっていることを詳しく説明し、合わせて新年度の方針を全社員に伝える方針発表会によるところが大きかったと、中嶋氏は振り返る。
「電巧社では半年毎に全社員を集め、方針発表と共有の場を設けていて、自分の担当業務以外を知りにくい社員までもが会社の方向性を理解します」。つまり、やるべきことを肌で感じることが大切なのだと中嶋氏は言う。「また、この発表会は、それぞれの責任者が自部門の経営方針を発表する場でもあります。電巧社が、バブル崩壊後に多角化を進めることが出来たのは、各部門が当事者意識を持って常に自らの戦略を見直すという習慣を、この発表会を通じて築けたためかもしれません」。
しかし、やるべきことが分かっても、組織というものは簡単には動かない。組織は人と人のコミュニケーションの上に成り立っているからだ。そこで電巧社は、社員全員でのバーベキュー大会を実施した。日頃の所属や役職を離れ、全員が役割を持って互いに協力して行うイベントだ。回を重ねるうちに、組織の壁に阻まれてバラバラであった人間関係は大きく改善され、社内の絆や一体感が醸成された。こうしたことから電巧社では、全社員が参加するイベントを大切にしている。方針発表会終了後も全員参加の懇親会を設けたり、数年毎に全社員旅行も行っている。まさしく仲間意識が芽生えたことが組織を強くした好例だ。
見えない殻を破り、次なる飛躍を目指す
しかし、こうした発表会は経営陣からの一方通行になりがちな側面も否めない。またそうなると、社員の共感も得られにくい。そこで、2年前から経営方針発表会的な集い方を止め、名前も「アニュアル・スタッフ・ミーティング」に変更してエンタメ性の高い集いに一新した。第一回のテーマは「殻破り」だ。
「皆の頑張りもあって業績は上向きです。しかし、現状の延長線上に明るい未来が続くかと言えば、そう甘くはない。ビジネスは時間と共に劣化するもの。真面目に頑張るだけでは次第に先細りになるでしょう」。
実態のある仕事や商権を持つ点で、メーカーの代理店という立場は大きなメリットだ。反面、主体的にビジネスを創造する自主性は失われがちになる。主力事業の1つである配電盤製造にしても、親会社が決めた仕様通りの下請け作業だけでは自主性は育たない。次の飛躍に向けた課題がここにあった。
「会社をガードしている見えない殻を破らなければ成長できない。そのためには、社員一人ひとりの殻(知らぬ間に身に付いた思考の癖や思い込み)を少しずつ破っていかなくてはならない。そう気づいたのです」。
この殻破りを具体的に進めるために、社員の行動指針として「殻破りクレド」を策定した。また、殻を破るための気づきの場として「殻破りカレッジ」という社内大学を毎月開催している。
「初めは外部講師にお願いしていましたが、2年目からは社内のエキスパートたちが自分の得意分野をレクチャーするようになりました。これがレクチャーした社員にとっての達成感とやりがいに繋がったのは嬉しい誤算でした。"仕事は楽しんだモノ勝ち"という意識改革をもたらせたのかもしれません。」と中嶋氏は話す。ただし、それらの取り組みを全ての社員が歓迎しているわけではないのだとも。
「中には白けている社員もいますよ。『俺はこんなに忙しいのに』という被害者意識や無関心は間違いなくあります。殻は人に破ってもらうものではなく、自分で割るもの。まだまだ道半ばの取り組みです」。
仕事を楽しむことで人生は豊かになる
前職は大手総合商社で、PC周辺機器の企画から輸出に携わっていたという中嶋氏。世界的なPCブームの頃であり、新しい価値を生み出せれば大きく成長できる時代でもあった。だから仕事が楽しくて仕方なかった。「まるでゲーム感覚で取り組めた」というのがビジネスの原体験だ。
「寝る間も惜しんで仕事をしました。仕事は私にとってゲームだったからです。あの手この手で課題のクリアを目指すんです。しかもリスクは全て会社負担(笑)。だからこそ成果も挙がりました。こんなに楽しいことはありません。仕事も遊びも、のめり込んでやる方が成果は上がります。ところが遊びは一生懸命やるのに、お金を貰える仕事になると途端に頑張れない人がいる。不思議ですよね、成果を上げる原理は一緒なのに。遊びと仕事を人生の中で区別しない。これが私のポリシーです」。
会社を出たら仕事のことは一切忘れて自分の時間を大事にするという人がいる。「それはそれで悪いことではありません。私にも没頭する趣味が幾つかありますから」と中嶋氏は言う。「しかし、仕事はお金のために仕方なく行うつまらないものという考えでは、人生の半分が"つまらない時間"となってしまう。それでは余りにももったいない。仕事だって楽しんでいい。そんな"殻破り的発想"をしたいものですね」。
人生100年時代。バリピカ・シニアを積極採用
電巧社は、企業規模に比して事業領域が幅広い。逆に言えば多様な"人財"が活躍できる可能性を持つ会社と言える。つまり、個人の主体性如何で自分のスキルを伸ばせるプラットホームがここにある。
「でも、従業員満足度はまだ高くありません。外から見ると『電巧社はいい会社ですね』と言って頂けることが多くなりましたが、社員が自分の置かれている環境を客観的に見るのは難しい。だから仕事が忙しくなると、どうしても厳しい評価になりますし、実際、至らない点もまだまだあります」と、苦笑いで話す中嶋氏に、中小企業最大の経営課題である"人材の採用と育成"について今の実情を聞いてみた。
「新卒定期採用を大切にして、教育にも力を入れています。しかし事業を拡大する中で、現実には人が育つのを待っていられないことも多い。技術分野では特にそれが顕著です。そこで、技術力のある中高年を積極的に採用しています。今は"人生100年"の時代ですから、還暦を過ぎてもまだバリバリ働きながら、ピカピカに輝いている方はたくさんいます。当社では、そういう"バリピカ"で意識の高いプレミアムシニアを、安い労働力としてではなく、価値ある即戦力として積極的に採用しています」。
電気の新しい価値を社会に提供していく
最後に、日本経済のターニングポイントとも言われる2020年の東京五輪、さらには、10年後の電巧社創業100周年に向けて会社としてのあるべき姿と、中嶋氏の抱負を聞いた。
「やはり海外進出が不可欠です。電巧社では中国以外、まだ目覚ましい海外展開が出来ていません。発展するマーケットがそこにある以上、海外に目を向けるのは商売人として当然だと思うからです。しかし、衰退する日本マーケットを見限るわけではありません。国内のビジネスも知恵と仕掛け次第で、成長させる余地は十分にあると考えています。お陰様で当面は仕事に恵まれていて大忙しですが、こういう時こそただ闇雲に頑張るのではなく、明確な方向性を持つことが大切だと考えています。今年会社が目指すミッションを『電気の世界を変える』に刷新しました。あって当たり前の電気ですが、電気の世界もまだまだ大きく進化していきます。更なる安全性や確実性、快適さや便利さなどを、もっともっと社会に提供していくことが、100周年に向けた電巧社のあるべき姿だと考えています」。
■記事公開日:2018/11/21 ■記事取材日: 2018/10/15 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=鳥海晃司