コーポレートベンチャーとしての船出
2017年4月に神奈川県葉山町で創業した株式会社SEE THE SUN。森永製菓株式会社のコーポレートベンチャーだ。「テーブルを創るすべての人を幸せに」をミッションに掲げ、食にまつわる社会課題の解決とビジネスを両立させようという"伴走型コンサルティング"を軸に、その守備範囲は広く、植物性食品を中心とした商品の開発や販売、農家や生産者、食品メーカーなど、食にまつわる幅広い人々や企業との連携により多様な社会課題の解決に挑んでいる。
さて、ご存知の通り森永製菓は100年以上の歴史を持ち、日本の菓子業界では押しも押されぬ地位を築いている大企業だ。著しい社会変化に対して危機感を抱き、既存ビジネス+アルファでサスティナブルな領域にいち早く着手するあたりは、まさしく一流企業の先見だろう。
最近でこそSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が盛んに言われるが、SEE THE SUNの視点は既に3年以上前からここにあった。ただ、大企業の新規事業展開におけるコーポレートベンチャーについては、困難さがたびたび語られる。足かけ4年目のSEE THE SUNはいかに。CEOの金丸美樹氏に話を聞いた。
新事業を掘り起こすブルドーザー
金丸氏は大学卒業後に森永製菓に入社し、希望していた商品開発担当として配属され、研究所、工場、営業など立場の異なる人々と接する中で「ボコボコにされながら」商品企画、開発、生産、物流のノウハウを学んだと言う。
その後、広告部に異動し、CMや雑誌広告、ホームページの制作などを担当。7年の在籍期間中は、人間関係にも恵まれ、その間に結婚と出産を経験して「ずっとこの部署にいたい」と保守安泰を希望していた。ところが、森永製菓でインバウンド向けの新規事業を立ち上げることとなり、土産物の商品開発を金丸氏が一人で任されることとなる。
「それまでの私は、クリエイティブな仕事の方が楽しくて、ビジネスにはあまり興味がなかったんです。ですから異動の話があった時はショックでしたね。高校時代からの親友に電話して泣きながら訴えました。子どもが生まれたばかりだったので、乳飲み子を抱えて新規事業なんてありえないだろうと。会社だって辞めたほうがいいと思ったぐらいでしたが、そうもいかずしぶしぶ承諾したんです。
だけど私は、人から期待されると頑張っちゃうタイプで大車輪で働きました。スタートはバタバタでしたが、やり始めてみれば、0から1をつくりだすことが楽しくなって、周りの人に助けてもらいながら、どうにか東京駅にアンテナショップを立ち上げました。それからですね。社内で私が"ブルドーザー"と呼ばれるようになったのは」。
やりたいことをやるために起業
親愛の情を持ってのことだが、「ブルドーザー」、あるいは「金丸商店」などと呼ばれながら、たったひとりで森永製菓のインバウンド事業の土台を築いた実績が買われ、金丸氏は2014年に新設された「新領域創造事業部」に再び異動。ここで今の"金丸構想"をカタチづくる出会いがあった。
保育や教育系施設のコンサルティングなどをしているベンチャー企業から、学童保育向けのおやつサービスの一環で、「アレルギーの子どもたちが食べられるおやつを開発できないか」という相談を受けた。そこで、当時海外で流行っていたグルテンフリーの可能性を探るべく地方の農家を訪ねたところ、非常に高いパッションを持つ方々との出会いがあったと言う。
「保守的な業界ではあるのですが、自分の仕事に自信を持ってチャレンジしている人たちが多く、皆さん芯を持っていて、すごくイノベーティブな方たちでした。しかも、根本的なところでは未来の子どもたちのことを考えて仕事をされている。そこにすごく感動したんです。でも彼らは、個人ですから出来ることに限界があります。
だったら、私たちがマーケティングをおこなったり、営業をお手伝いするなどして、一緒にやれたらいいと思ったのが始まりです。すると当時の社長が、そういったアプローチなら"森永"の名前を使わないほうがいいんじゃないか、と提案され、孫会社(SEE THE SUN)をつくることになったんです」。
社会課題の解決とビジネスの両立
「私の構想としては、社会課題を解決するプラットフォームがSEE THE SUNであって、ここに来ればさまざまな問題意識を持った人や、それを解決できるかもしれない知恵や技術を持った人たちとチームを組める、そんな場所をつくりたかったんです。そして最初に取り組んだのが、玄米入り大豆ミート「ZEN MEAT(ゼンミート)」の開発と販売でした。私の中では、社会課題の解決とビジネスを両立出来るものになると確信して取り扱ったアイテムです」。
ちょうどその頃はアメリカを中心に"代替肉(プラントベースフード)"が流行りだしていた時期で、環境や健康の観点からも玄米入り大豆ミートは金丸氏の構想にマッチしていた。加えて、日本の味づくりは世界でも高く評価されており、工業化の技術も素晴らしいため、「これを持って海外マーケットに進出すれば100億円は堅いだろう」と睨んだと言う。そこに明確な裏付けがあったわけではないが、世界的な流れで、サスティナビリティがビジネスになり始めていた時期でもあり、またそういった兆しは「すごくいいこと」という強い思いが金丸氏の中にあった。
そのような理由からSEE THE SUNはその流れに乗り、「動物性原料不使用化」「低脂質化」「香料不使用化」かつ「より美味しく」という難易度の高いテーマを実現すべく「ZEN MEAT」の開発がスタートした。
金丸氏はここで1つ選択を迫られる。それは拡販についてだ。もちろん、SEE THE SUNで開発した商品を自社で販売することも出来る。事実、この3月までは自社販売という形式をとってきた。ただし、より多くの販路を獲得しようと思えばSEE THE SUNの体力では限界がある。そこで、「ZEN MEAT」の事業は今年の4月に森永製菓(新領域創造事業部)に移管することにした。
「悩みましたね。でも、食文化をつくるのには、時間とお金がとてもかかります。SEE THE SUNはベンチャーですが、強力なライバルになり得る一部上場企業が植物製食品市場に参入してきたこともあり。ここから先は森永製菓に親になってもらった方がいいのではないかと思い事業移管した次第です」。
企業の垣根を越えて、新しい食ビジネスを
現在SEE THE SUNでは、人口減少による国内市場の縮小とエネルギー供給不足懸念という難しい課題に直面している食品メーカーと足並みを揃え、目指すべき未来を、企業の壁を越えて模索する食のコミュニティ「FOOD UP ISLAND」を運営している。このコミュニティは、賛同する企業やメンバーの技術とノウハウを"掛け算"して『新しい食』『新しい食ビジネス』の創造を目指すというものだ。普段は"競争"関係にある企業が、その枠を超えて食品産業の課題を議論し、食の新しいカタチを"共創"してゆこうという極めて実験的な試みだ。
昨年11月におこなわれたFOOD UP ISLANDのイベントにおいて金丸氏は、「多様化する現代は、50億円ブランドの開発だけではなく、1億円ブランドを50個創るという思考が大切」と、まさしく"今"という時代に相応しいスピーチを展開。さらに、企業の枠を超えた、共創による商品開発・事業開発で付加価値を創出すると同時に、硬直化する業界を変革し食の新領域への挑戦を語っている。
「大事なことは、ただ言うだけではなく、きちんとつくって、自分たちで一緒に売る。反応がよければマスで売ることも可能です。私は、埋もれていく技術や商品があると感じています。それらとファンを結びつけること、いわば、クラフトマンシップと多様なニーズのマッチングが今後は一層求められると思います」。
森永製菓の出島から、食産業の出島へ
これまでのSEE THE SUNは森永製菓の"出島"だったと金丸氏は言う。しかしこれからは、森永製菓だけではなく、食産業の出島になりたいのだと。また、少し前に企業内起業やコーポレートベンチャーといった言葉が飛び交ったが、ここのところすっかり鳴りを潜めている。それでも、SEE THE SUNは存在意義を堅持しているのだとも。
「大は小を兼ねると言いますが、実際には小さくないと出来ないことはたくさんあります。そのようなことをSEE THE SUNが引き受けながら、社会課題解決の実験場になりたいんです。ちょっと抽象的ですが、構想のイメージとしては"食産業"という大陸があって、うちが出島で港です。そこからいろいろな船が世界中のマーケットに向けて船出してゆくという感じです」。
金丸氏の言葉を借りるなら、SEE THE SUNの事業はまさしく"実験的"な要素が高いようにも考えられる。もちろんそうしたスタンスが、0から1をつくりだすために失敗を恐れずチャレンジするベンチャー企業ならではのフロンティアスピリットにも通じるわけだが、コーポレートベンチャーという立場で、果たして親会社をはじめとした周囲からの理解は得られるのか。そのあたりを率直に聞いてみた。
「理解されることを目指してはいませんが、理解されなければ前に進まないことも多々あります。何度説明しても分かってもらえない時や、前向きに聞いてもらえない時はやはりしんどいものです。コーポレートベンチャーといった立ち位置が云々ではなく、新規事業をカタチにするためにはモチベーションを保つのは想像以上に大変です。何から手をつけていいのか分からないし、決断したことが正しいのか否かも分からない。しかも、そうそう簡単には評価されません。ただ、同じ価値観を持った仲間がいるので乗り越えられます。やはり壁を乗り越えるためには人の力が必要なのです」。
価値を見直し、魅力ある食業界に
プロジェクトのマネジメントは好きだが、経営者としては未熟。経営者なのかプレーヤーなのかと問われれば、まだまだプレーヤーだと思っている。と謙遜気味に自己分析する金丸氏だが、根っこのところには「食の価値を再定義したい」という大きなビジョンを持っている。日本には安くて美味しいものがたくさんあるが、現在はコストダウンの競争が進みデフレになっている状態だ。このままの流れで進めば、食に係わる全ての人にしわ寄せがゆき、業界自体が疲弊してしまうことになるだろう。
「それではあまりにももったいない。もっと魅力的な業界になって欲しいと思います。そのためにSEE THE SUNは出来ることは何でもやっていこうと思いますし、会社ももっとスケールアップさせようと思っています。構想としては、DtoCサイトをつくり、そこで色々な人を結びつけて、ファンコミュニティを運営するようなことを考えています。大手では多様化に対応すると言っても、細かいニーズまでは追いきれません。そのようなところを我々が代わりにやって、うまくいったら褒めてねという感じです」。
■記事公開日:2020/12/21 ■記事取材日: 2020/11/05 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久