広告が物語っていた昭和の百貨店
1990年代の初頭まで、ファッション(アパレル)とギフトを中心として"小売りの王者"に君臨してきた百貨店。何処も、主軸であるアパレルの消化仕入れが大いに伸び、売り場の拡張に追われる状況だった。文化的な側面でも、「百貨店に来れば最新のトレンドが分かる」という時代で、広告もそれを後押しした。日本の広告が最も勢いがあった1980年代、百貨店広告はそのメインストリームにあった。糸井重里や石岡瑛子といった優れたクリエーターたちの手によって、研ぎ澄まされたメッセージが発信され、百貨店が流行を牽引した。
ところが、91年のバブル崩壊とともに人々の生活様式が大きく変わる。百貨店の経営も右肩下がりの時代が続き、ここ10年ほどは、聞こえてくるのは撤退や閉店の噂ばかりだ。それに追い打ちをかけるように経営を直撃したのが新型コロナの災厄である。この難局を、仙台本店のほか、東北エリアで13のサテライト店舗を展開し、2019年2月には創業200周年を迎えた東北最大の老舗百貨店「藤崎」は、如何なる策をもって乗り越えてゆこうとしているのか。株式会社藤崎の取締役・執行役員である㔟田誠一氏に聞いた。
今の百貨店にワクワク感はあるか?
以前は、百貨店が発信するメッセージには説得力があり、その広告表現は独自性が高く、ある種のエンターテイメントの要素が含まれていた。かたや、"平場(ひらば)"と呼ばれる百貨店のセンスが試される売り場もしっかりと機能しており、広告に反応して期待感いっぱいで訪れる消費者の欲求に応える豊富な品揃えと、魅力的な売り場づくり(接客も含む)が両立していた。
「ところがアパレル領域を主力としてゆく中で、在庫リスクを負わず、販売も取引先任せの"消化仕入れ"が拡大。利益率も高かったためアパレル頼みの商売に移行してゆきました。結果"百貨店"は、衣・食・住を軸とした"五十貨店"もしくは"三十貨店"と呼ばれるようになっていきます。それと同時に、商売の本質である"良いモノを選ぶ目"や、それらを魅力的に独自編集して売り場展開する力が衰退して、百貨店本来の強みを失っていったことが現在の"百貨店不況"のボトムにあることは間違いありません」と話す㔟田氏。
それでも改革に着手せず、過去の成功モデルにしがみついている百貨店を他所目に、ファストファッションやショッピングモールが勃興。ここから百貨店の事業ドメインが曖昧なものになってゆくこととなる。
また、インターネットの台頭により、購入予定の品をあらかじめネットショッピングサイトで調べてから来店するお客さまが増え、店内を歩きながら商品との出会いを楽しんだり、意図せず心を動かされる商品に出会って衝動買いをしたりという機会が減っている。
「百貨店の"存在意義"が時代と共に変わってきたのです。我々世代くらいまでは、子どものころ百貨店に行くこと自体にワクワク感がありました。例えば、屋上でソフトクリームを食べて、おもちゃ売り場に行くのが楽しみだったり、ファミリーの"晴れの場""エンターテイメントの場"という要素が百貨店には凝縮されていました。でも今は、ショッピングモールでもそれは出来る。社会の変化に伴って"場としての感動"が目減りしてきたのです」。
コロナ禍でも支持された百貨店の価値
顧客層の高齢化という現実とリンクして、それらの顧客が店舗に足を運べない状況が続いたことがコロナ禍の大きなダメージだったと㔟田氏は言う。デジタル化が立ち遅れていたため、コミュニケーションが取れなかったことも痛手だった。そうした中でも、セールスが顧客の自宅に訪問して販売する「外商」が、好調を維持したラグジュアリーブランドで堅調に売上を計上するなど、百貨店ならではの価値を提供できていることが立証できた。
「さらにもう1つ、ギフトについてはお中元とお歳暮ともに売り上げが伸びました。冒頭でお話した通り、百貨店の売上の屋台骨はアパレルとギフトの2本柱です。ここ10年ほどアパレルの方は低迷していますが、ギフト需要はコロナ過でも堅調でした。この背景には老舗百貨店ならではの"熨斗と包装紙"という信頼のアドバンテージがありますが、隣県の広域エリアに展開する13のサテライト店舗が、本店にご来店できないお客さまの受け皿となって、地域に密着した強みを発揮したことにあります」。
これこそ老舗・藤崎の看板の強さだ。コロナ禍で消費が冷え込んだとはいえ、「ここ一番」と言う時はいいものを贈りたい。藤崎の包装紙なら相手も納得してくれるに違いない。名前の強さ、歴史の重みは明らかに商売に味方する。
「上質な品揃えとグレードでシンボルとしてある本店と、利便性と日常的にご利用いただけるサテライト店舗。用途に合わせてシームレスにご利用いただく関係性は今後も強めていきたいと感じています。実際に本店とサテライト店舗を併用してご利用いただいているお客さまは本店のみご利用のお客さまと比較して2倍近い売り上げがあります。このような状況を鑑みて、今後は本店とサテライト店舗のリレーションシップの強化やECサイト、外商も含めた顧客接点のシームレス化で幅広くお客さまに対して価値を提供してゆくことの重要性を、コロナ禍を機に改めて認識することができました」。
デジタル技術で新陳代謝を促進
「団塊の世代の方々が、現在の藤崎を支えてくださった中心層のお客さまです。そのようなお客さまに対しては、マス広告や会員情報誌などで私どものメッセージを伝達出来ます。しかしながら、団塊ジュニア以降の世代についてはデジタルを使ったOne to Oneのアプローチが不可欠です。次世代のお客さまはニーズが多種多様化しているため、1つのメッセージに皆が連なって反応することはありません。したがって、ニーズをしっかりくみ取って、個々のニーズごとにアプローチを変えなくてはならない。店頭の品揃えしかり、情報発信のマーケティングの手法も然りです」。
今後の藤崎のキーワードは「新陳代謝の促進」だと㔟田氏は言う。当然ながら、いまベースになっている顧客層は、時間の経過とともにシュリンクしてゆくことは間違いない。もちろん今後も、カタログ通販などの"紙媒体"もある程度は維持すべきだろうが、これまでと同じエネルギーを費やすわけにはいかない。企業として成長するためには、あらゆる面で新陳代謝を促進させ、トライ&エラーを繰り返しながらも変革を継続してゆくことが肝心だ。
「ただ幸いなことに、今はデジタル技術がこれまでにないスピードで発展している時代です。そこに我々の施策やマーケティングを上手くマッチングさせてゆくことが出来れば、これまでのお客さまと、これからのお客さま、双方にご満足いただける"新しい藤崎"が、思いのほか早く誕生するかも知れません」。
脱・ステレオタイプ 採用と人材育成
少し前までの地方百貨店は、就職先として銀行や電力会社などに次ぐ人気があって、百貨店に入ること自体がステイタスだった。しかし昨今は、小売業界全体が厳しい状況のため、東北の雄・藤崎ですら優秀な人材を選び放題というわけにはいかない。また今後は、採用を決める基準を変えてゆく必要があると㔟田氏は言う。
「接客業ですので、これまでの採用イメージは、清潔感があって、爽やかな笑顔があって、尚且つ、きびきびしていること、これがステレオタイプになっていました。今後は、1つ突出したものを持っている人材に目を向け、その人が持っている強みを仕事の中でマッチングするマネジメントが必要になってくると実感しています。例えば"デジタル人材"などの採用・育成が必要ではないかと思います。やはり、いくらビジョンを掲げても、実現してゆくには人が財産ですので、どんな人材を採用するか、どんな人材に育てるかは企業にとっての生命線です」。
ここ数年の若い世代は、環境保全や企業の社会的責任などに興味を持っている人が多く、「社会に貢献していると実感できる仕事がしたい」と早いうちから主張する傾向がある。そうした若者の価値観は大事にしたいと㔟田氏は言う。
また、例えばデジタルを使いこなす能力は、管理職や経営層より若い人の方が圧倒的に長けている。そうした力を引き出すために藤崎では、若手が積極的にプレゼンテーションできる場づくりをおこなっていると言う。
「コロナ以前は、まずこうした発想には至らなかったと思います。しかし今後、コロナ禍を生き抜き、アフターコロナで成長するためには、会社も人も変わらなければなりません。そのためには、新しい価値観を持っている人たちの"逆メンター制度"的なものの導入も必要ではないか、そのように考えています」。
藤崎がリードして一番町を変えてゆく
仙台駅前は2023年頃までファッションビルの増床や大型家電量販店の開店が続く。加えて、市が打ち出した「都心再構築プロジェクト」により、2030年を目安に市の中心を走る青葉通の一部が緑化され回遊性の高いエリアづくりが見込まれている。つまり、仙台の"新都心"として発展が目覚ましい駅前周辺エリアと、藤崎のホームであり東北随一の商業中心街である一番町周辺エリアの競争構造はますます激化してゆくことは間違いないだろう。こうしたことを踏まえて藤崎は、これからどのような価値を提供してゆくのか。それを最後にお聞きした。
「これから顕在化してくるのは"価値の二極化"です。アパレルだけにクローズアップしてみても、既にお客さまの志向性は"お手軽なファストブランド"と"上質なラグジュアリーブランド"の二極に分かれます。藤崎が注力するのは後者で、ラグジュアリーブランドを中心に「上質な空間」を意識した店づくりを目指しています。
ただこれは、藤崎だけの努力目標ではなく、一番町エリアが面として"上質なエリア"へと変貌を遂げてゆかなくてはなりません。つまり、エリアとしての独自性や強み、魅力の構築といったことです。そのための"装置"として藤崎が尽力できればと考えています。
例えば、贅沢な買い物がワンストップで出来る場、文化・教養・レジャーなど、購買にとどまらないさまざまな体験を可能にする"上質に触れる体験価値"の提供なども一例として挙げられます。いすれにしても、今までのやり方にとらわれないアプローチで、一番町エリアの魅力向上を視野に入れながら"上質な街づくり"をリードしてゆくことが藤崎の責務だと思っています」。
■記事公開日:2021/07/27 ■記事取材日: 2021/07/13 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久