オンライン生放送という学びのニューフォーム
終身雇用制度が崩壊しつつある日本では、コロナ禍によって40、50代のリストラが急増し、その後の身の振り方が深刻な社会問題になっている。そこで注目されているのが"社会人の学び"だ。これまで日本の企業ではOJTが社員教育のボトムとなってきたため、専門資格の取得を除き、社会人になってから学び直すためには大学院に入りMBAを取得するなど、時間的にも金銭的にもハードルが高い選択肢しか残されていなかった。
そんな現状に対して、株式会社Schooは、社会人向けオンライン生放送というニューフォームの学習スタイルを10年前より構築して幅広い学び方を実現。ITスキルやOAスキルなど基礎的なビジネススキルから、デザイン思考やロジカルシンキングのような高次のスキルまで、これまでに約7400もの学習コンテンツを供給している。
コロナ禍以降は、リモートワークが加速したことが追い風となり、現在の個人会員数は70万人を越えるという。また、法人顧客の伸びも著しく、感染症対策により、新入社員研修をはじめ、中堅社員研修や管理職研修などをオンラインにシフトする企業ニーズに応えることで、2021年12月時点での導入実績が2400社と大きな収益基盤にもなっている。
卒業のある学校の"School"から、最後の一文字となる"L"を取ることで、"終わりなき学び"を社名で体現。『世の中から卒業をなくす』というミッションを掲げ、2011年10月に創業したSchooは、コロナ禍にあってeラーニング市場のフロントランナーに躍り出た。
その現在と将来をSchoo CCO(Chair Contents Officer)の滝川麻衣子さんに聞いた。
オンラインの中で一緒に授業をつくっていく
近年はさまざまな企業がeラーニング市場に参入している。提供されるコンテンツも、実践的なスキルアップから自己啓発的なものまで、ありとあらゆるジャンルの学びがある。それらとSchooとの違いはどこにあるのか。
「誤解を恐れず申し上げますが、多くのeラーニングは、ユーザーに対して面白い授業を届ける工夫が足りないように思います。結果、始めてはみたけれど長続きしない。コンテンツの内容や授業の進め方に面白みがなければ、忙しいビジネスパーソンの食指は動きません。そもそも、一人でパソコンの画面に向かい、淡々としたビデオ授業を受け続けることができる人は極めて稀で、一般的にはそこまで高いモチベーションは保てません。
それに対して、Schooのサービスは、基本的にはサブスクリプション型で、興味のある授業を自由に選択できます。それらの授業は毎日スタジオから生放送され、講師とファシリテーターとのやりとりや、ニコニコ動画のようにタイムライン上に受講生の声を拾い上げる工夫によってライブ感に満ちています。
予め収録された一方通行のビデオ授業とは違い、受講者たちからの質問や感想が授業自体を活性化して、顔は知らないけれど"同じ場に集う仲間がいる"という三次元的な安心感も醸成されます。オンライン授業でありながらも、一緒に授業をつくってゆく感覚が学ぶ姿勢を後押しします。
もう一つは、法人向けサービスとして集合学習機能を設けています。たとえば、企業がeラーニングを導入する場合は、全社員が受講対象となるわけではありません。集合学習機能を活用すれば、スキルアップの対象となる個人やグループだけをオンライン上に集めて同時に学んでもらうことができます。
また、コメントのフィードバック機能がついているのでチームミーティング形式で学ぶことも可能です。単なるコンテンツ供給ではなく、体験を共有できる場であるところにSchooの強みがあります」。
Schooの独自性が際立つプログラム
2022年度からの学習プログラムの方向性は、ビジネス基礎力、デジタルリテラシー、リベラルアーツ、テック時代の人間力、デザインの5つに分けられている。その先に「社会課題解決力」が育まれるという設計だ。
ビジネス基礎力とは、WordやExcelの使い方といった基礎的なITスキルなど、ビジネスの現場で即戦的に役に立つもの。デジタルリテラシーは、デジタル技術を自在に使いこなしてその価値を最大化するという位置付けで、ビジネス基礎力より高次元のスキルとなる。そして、Schooの独自性が表れているのが、リベラルアーツやテック時代の人間力と言える。
「リベラルアーツについて私たちは"普遍的な学びの分野"と呼んでいます。日本にはイノベーションが枯渇していると言われていますが、イノベーションの源泉になるような学問がリベラルアーツの位置付けです。米国のトップクラスの大学では、文学、数学、科学、歴史などが重視されています。なぜなら、そのような学問が下地にあってこそ、新しいものが生まれてくると考えているからです。しかしながら日本では、社会人になってからそのようなジャンルに目を向ける機会がほとんどありません。Schooはそこに着目しました。
次いで、テック時代の人間力では、人が成すべき仕事の本質について学びます。この数年、"AIでなくなる仕事"などといった記事をよく見かけるようになりました。確かに計算などはAIの方が速くて正確です。しかし、AIにはまだ、ダイバーシティのあり方が徹底されていません。多様性社会の中でコミュニケーション能力を発揮して、互いを尊重し共生していく力に変えていくにはどうすればいいか。そしてそれらの力を、どうすれば仕事に活かしていくことができるか。こうしたことは、現時点ではAIには手に負えません。つまり、AIが人の仕事を奪うと考えるのではなく"人間が本来やるべき仕事は何か"を、この領域では考えます。
5つ目は最近反響の大きいデザイン。モノのデザインからコトのデザインまでを網羅して、あらゆるスキルと掛け合わせることで、未来を創造する力を身につけます。
これら領域の学びの総体としてあるのが、社会課題解決力です。今までの資本主義社会は、多くの物をつくり、より多く消費してもらうために、効率よく大量につくり続けてきました。その結果今起きていることは、格差の拡大や環境破壊です。そうした社会課題を解決すること自体がビジネスの原動力になると定義付け、その力を持つ人材育成の一助となるような授業構成になっています」。
水道や電気と同じ社会インフラでありたい
Schooはこれまでの10年間、『世の中から卒業をなくす』というミッションを軸に走り続けてきた。その実現と進化に向け、これからの10年は"インターネット学習を通じて社会を変革する"をビジョンに据えていくという。
「コロナ禍で社会格差がますます広がったことは御存じの通りです。そうした中、Schooは新規事業として、地方の活性化やDXが進んでいない大学の支援などにも取り組んでいます。それを実現するには、人口減少地域に住んでいる方々など、課題に直面する人たち自身が、当事者意識を持って変革に参加していく必要があります。
変革への参加とは学ぶことです。DXにしても、すべての人たちが学ぶことによって、社会全体のデジタルリテラシーが上がる。そのことが成長産業を育み、限界集落と言われている地域であっても、イノベーションが起こせると考えています。そのためには、価格的にもお手頃で、手軽に、そして幅広く学ぶことができる"学習基盤"がなくてはなりません。その意味で、Schooが提供する学習サービスは、水道や電気と同じような社会インフラでありたいと思っています」。
ミッションの共有で壁を乗り越えてゆく
事業規模を拡大させているSchooでは、現在採用にも力を入れている。基本的には、さまざまな分野で経験を積んできた中途採用がメインだが、2020年からは新卒採用もスタートさせた。より広く、新たな力を募っているという。急成長を遂げるSchooが求める人材像とは。
「最も重視しているのは、ミッションに共感していただけるか否かです。前職で私は、さまざまな企業を取材してきましたが、Schooは相当にミッションドリブンな企業です。創業当初から『世の中から卒業をなくす』ことをずっと言い続けてきましたが、その言葉は少しも古びることがありません。むしろ、時代を先取りしていたとさえ感じています。おそらく多くのメンバーが同じ思いでいるのではないでしょうか。
eラーニング市場でシェア獲得の競争が熾烈になっている今、私たちには楽な試合はありません。激しい競争に臨むときは、楽しいことばかりでなく心が折れそうになることだってあるでしょう。そういう時にこそ、ミッションが支えになります。会社の進む方向性が自分の実現したい未来と一致していることほど心強いものはない。私はそう思います」。
あらゆる環境で学び続けることを常識にしたい
コロナ禍により、ステイホームが推奨されたことでDXに対する関心が一気に高まりを見せ、それに伴いeラーニング全般の需要も拡大した。ただ、コロナ以前からその機運はあったという。例えば企業研修などでは、階層別の研修を一斉におこなうスタイルではなく、個々の状況やレベルに合わせて最適化した研修をおこないたいという声がかねてより挙がっていた。それがコロナ禍によって、eラーニングであれば簡単に実現できることに多くが気づき加速した。
「Schooにとってもコロナ禍は追い風となりました。オンラインで学ぶ環境が当たり前になったことで、会員登録者数はコロナ禍で43万人から70万人へと1,6倍に増えました。しかしながら、コロナはアクシデントに過ぎません。そのアクシデントによって起きた社会変化を軌道に乗せることが必要です。
つまり、ビジネスパーソンがオンラインを使い、あらゆる環境で学び続けることを常識にしたい。そして、社会全体のDXが進み、リテラシーが上がっていくことで、社会課題の解決につながるようなビジネススキームを構築していきたいと考えています」。
とはいえ現状は、SDGsのような社会課題に関する学びの授業は抜きん出た人気はないと言う。その理由は、社会課題の解決が"自分ごと化"されていないからではないかと滝川氏は見る。衣食住が足りて、何不自由なく生活できる一部の勉強熱心な人たちだけの問題になってはいないかと。
「SDGsなどは、これからの最重要課題になることは間違いありませんが、今はまだ実感できていない人が多いのが現状です。そのギャップを少しでも埋めていきたい。そのためにも、働くすべての人の日常的な学びに、Schooは貢献していきたいと考えています」。
■記事公開日:2022/03/22 ■記事取材日: 2022/02/15 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久