夜明けは遠い、と言われる中食業界にあって
景気回復の雰囲気が高まるものの、家庭では外食費を減らす傾向はいまだ続いており、外食業界の苦戦は続いている。そうした中で、今年に入ってからはテイクアウトを主体とした中食業界が堅調に伸びを示し、2014年は明るい見通しが期待されていた。
ところが、4月の消費税8%導入以降は業界全体に陰りが見え始め、その現実をダイレクトに現しているのがデパ地下に点在する惣菜・弁当店だ。夕方時の混雑は相変わらずだが、消費者の財布の紐はなかなか緩まない。
そんな中、2013年3月から堅実な伸びを見せているのが、巻き寿司を中心とした寿司商品を提供する古市庵だ。「夜明けは遠い、と言われる外食・中食業界ですが、おかげさまで毎月前年越えを計上しています」と控えめながらも胸を張る西浜英彦社長。そこには、古市庵ならではの仕かけと地道な努力があった。
デパ地下激戦区で勝ち残る、販売員の意気込み
近ごろのデパ地下が活気づくのは6時過ぎくらいの安売りが始まる時間帯。この時間はどの店も勢いが感じられるが10時開店から8時閉店まで、その元気を保てている店は非常に少ないと西浜氏は言う。
「お客様が少ない日中のデパ地下は不気味なくらい静かです。確かに販売員につきまとわれるのも嫌ですが、こと食品に限って言うなら、どうせ買うなら活気があるところで買いたいというのが心情だと思います。それをうちだけでも実行しようというのが売上上昇の原点にありました」。
デパ地下という食の宝庫の中にあって、財布の紐を固く閉ざしたお客様に注目していただくためには、販売員の意気込みが欠かせない。一見、簡単なことのようだが、デパ地下に軒を並べる店はプライドが高く、自分たちからお客様に歩み寄ろうという姿勢に欠けているのでは、と西浜氏は指摘する。美味いだけでは売れない。安いだけでも売れない。そんなデパ地下激戦区では、販売員の力量が大きくものを言うのだと。
1年中途切れることなく、寿司を売るきっかけづくり
「もちろん最前線の販売員だけがどれだけ頑張っても、販売員たちをサポートする企画力、目新しさがなければお客様は振り向いてくれません。そこで社内の企画部隊たちには『毎日が祭りだ』を合言葉にアイディアを募り、それをお客様に告知するプロモーションを展開しています」。
古市庵のプロモーションとは、ありとあらゆる記念日を設けて寿司の日キャンペーンを仕かけるというもの。節分、母の日、父の日、クリスマスは当然のこととして、成人の日、ゴールデンウイーク、子どもの日、いい夫婦の日やバレンタインデーまで、1年中お寿司を提供する機会を自らつくり出している。
「今日は何々の日でございます!と、店の前を通りかかったお客様に呼びかけるきっかけがあれば、販売員は圧倒的に売りやすくなります。デパ地下にはモノがあふれていますが、お客様が気に留めるきっかけがあまりにも少ないのです。元気もない、きっかけもないでは、決して売り上げは上がりません。ならば自分たちでつくってしまおう、というところから発想したのが寿司の日キャンペーンの数々なのです」。
毎月実施される『公開試食会』の2つの目的
さらに古市庵では、お客様を集めた『公開試食会』を毎月実施している。おそらくこれは、数ある中食業界でも古市庵ならではの取り組みだろう。
「第1週、2週は私が試食する日をつくります。そこでは、スタンダード商品の味の見直し、新商品、季節もの、企画ものなどをすべて試食します。3週目には営業と料理研究家の顧問も交えて意見交換をし、そこに手を加えたものを4週目の公開試食会でお客様に召し上がっていただき、ご意見を頂戴して、どんどん商品をブラッシュアップさせていくのです」。この取り組みは商品開発のマーケティング要素を多分に含むが、第2の目的としては、新しい顧客開発の狙いもある。
「お土産もたくさん持って帰っていただきます。当然試食会にいらした方々はお腹いっぱいなのでご近所に配ってくださることが期待できます。そこで一人でも二人でも古市庵のファンが増えればこの取り組みは大成功。いわば、試食会に参加したお客様に営業マンになっていただくのです(笑)」。
公開試食会を始めた頃は4~5人ほどの寂しいものだったが、今では定員20名のところ200名を越す応募があるという。
パートさんのひらめきが、人気商品になることも
深刻な人手不足については、古市庵も同じ悩みを抱えている。そうした環境の中にあっても『人材の質』と『素材の質』に関しては一切妥協しない。パート、アルバイトであっても採用後には必ずセミナーに参加して、古市庵の商品づくりやおもてなし、安全・安心の基本をしっかり学ぶ。
「人手不足だからといって、パートさんやアルバイトの方々の顔色ばかり窺っていては、必ず悪影響を及ぼします。だからこそ人手不足は承知の上で、従業員の教育は、むしろ厳しいくらいに行います」。
しかし厳しいだけでは従業員のモチベーションは上がらない。古市庵では社員の活性を促す仕組みとして、『メニューコンテスト』という社内イベントを実施して働くモチベーションの向上に努めている。
「このコンテストは、パート、アルバイトを含めた全社員から新しいメニューを募り商品化していくというものです。自分が考えたメニューが商品化されるのは嬉しいことですし、グランプリになった方には賞金10万円を進呈します」。つまり古市庵では、お客様の購買意欲と従業員の働く意欲の両方を「イベントを仕かける」ことによって活性化を促せて、ロイヤリティに結びつけているのだ。
古市庵のファンを一人でも多くつくるために
「古市庵の店舗数は全国で135店舗。うち社員が200名ほどで、販売のパートさんたちを含めると1300名ほどになります。私は、働くみんなが、誇りを持てる会社にしたいと思っています。お父さんはこの会社で働いているんだよ、お母さんはここでパートしているんだよと、胸を張れる職場にしたいという思いが常にありますし、それが自分の使命だとも思っています」と熱く話す西浜氏。
さらに言うなら、今年入ってきた新入社員の人たちが40歳になった時に、安心して働ける会社にしていくことが大事であり、そのためには古市庵のファンを一人でも多くつくることが大切なのだと。
「だからこそES(従業員満足)ありきの経営で、CS(顧客満足)を獲得していく経営、もっと突き詰めれば、従業員とお客様が一緒に歓喜できる店をつくり上げていかなくてはならないと思っています」。
■記事公開日:2014/07/14
▼編集部=構成 ▼編集部ライター・吉村高廣=文 ▼編集部・吉村高廣=撮影 ▼写真・資料提供=株式会社古市庵