多角的な視野を持たなければ成長は望めない
私たちが毎日利用している鉄道。ここ最近は利用者の線路立ち入りなどにより多少の遅れが発生することはあるものの、日本の鉄道はダイヤの緻密さといい車両構造の完成度といい、世界最高のサービスクオリティと言われている。そうした鉄道を保守メンテナンスの分野から支えているのが鉄道車両業界である。
堀江車輌電装株式会社も首都圏の大手鉄道会社の車両保守とメンテナンスを中心に、首都圏インフラの安心・安全の一翼を担う極めて公共性の高い事業を展開している。もちろん、メインクライアント以外の仕事を請け負うことも可能だが、鉄道業界においてはビジネスの新規参入は困難だという。堀江車輌電装は創業して47年目になるが、創業百年を超える企業もあり、規模の小さい企業は1鉄道会社との永年にわたる関係性だけでほぼ事業が成り立っているのが現状だ。
堀江車輌電装は、その社名からも分かる通り電装系の仕事を得意としているが、数年前から内装や鉄工関係業者との業務提携を図り、事業領域の拡大を図りつつある。「多角的な視野をもって業務に取組み、クライアントからのあらゆるニーズに応えられるような企業体にならなければ古い業界体質で、かつ、極めて特殊な専門技術が求められるこの業界においては更なる成長が望めない」と堀江氏は言う。その一歩を他社に先んじて踏み出したのが堀江車輛電装だ。
大事なのは頭数ではなく技術力の向上
堀江車輛電装の成長性を象徴しているのが技術者派遣事業だ。例えば、あるメーカーが新しい車両をつくっていた場合、電気関係の技術者が足りないということが出てくる。こうした場合に、惜しげもなく自社社員の技術者を派遣してその穴埋めを行うことを事業化したのである。そのために堀江車輌電装は、合法性を保つため特定労働者派遣事業を取得し多様なニーズに応えている。
「鉄道会社様からいただく仕事は年間を通して大きく変わることがありません。劇的に増えることもなければ減ることもありません」。ある意味では恵まれた環境とも考えられる業界だが、そこを堀江社長は問題視している。
「常に一定である。こうした事業環境に胡坐をかいていては、劇的に業績を伸ばし、頭ひとつ飛び抜ける会社はいつまでたっても出てこないのです」と。ただそれをするには、より多くの技術者の確保が必要になるのでは。そう考えるのが当然だろう。ところが堀江社長の考えは違う。
「技術力が上がれば、今まで2人でやっていた仕事を1人でできるようになります。ここで余った力を他の現場に派遣するのです」。また、技術力が向上するということは、仕事をいただいているクライアントにも大きな安心感を与えることにもなる。こうした取り組みが功を奏して、堀江車輌電装は売り上げを好調に伸ばしてきている。
仕事は一切断らないという姿勢
もう1つ他の事業者と異なるものが「依頼された仕事は絶対に断らない」という姿勢だ。仕事量も利益も、劇的に増えることはないが減ることもなく常に一定。こうした環境に甘んじていると「それで満足」という考えに陥りやすいと言う。「これさえやっていれば、とりあえず安心。食ってはいける。本業以上のことに手を出してあくせくしたくないと考える人が多いのではないでしょうか。でも実は、ここに大きな落とし穴があると思うのです」。
少子高齢化により就業人口が減り、鉄道会社の定期券収入はどんどん減っていく傾向にある。それに伴い、設備投資にかけていた額も当然目減りする。「その時になって、突発的な仕事を請ける瞬発力や体力がない。リクエストに対応できる技術がない。それでは手遅れだと思う。だからこそ今から、依頼された仕事は一切断らず、社内が手一杯であれば協力会社の力を借りながらでも確実にリターンし続けて実績を積んでいくことが何より大事だと思っています」。
ナンバー2では意味がない
クライアントから確固たる信頼を得るためにも、依頼された仕事は決して断らないその信念は、父である先代の跡を継ぎ社長に就任してから一貫して変わらない。これをベースにして、さらに堀江社長が目指すのは、まず、鉄道車両を整備・改造を主業務とする企業の中での実質的なトップの座だ。ナンバー2では意味がない。この立ち位置にいれば、仕事が発生した時にまず自分たちがその窓口となり、そこから自社で施工してもいいし協力企業と一緒に施工することができる。選択肢を多く作ることを目指したい、と語る。
技術者たちはトップダウンでは納得しない
先代の社長が父であるということに甘えはいらない。まず入社当初は現場に出て技術者たちと一緒に汗を流した。叩かれたからこそ今がある。しかし、現場が分かっていても、常務として会社の指揮をとる立場になると、そのやり方に最初のうちは社員から戸惑いの声があったと言う。
「当時は埼玉と神奈川にある鉄道会社をメインクライアントとしていたため、埼玉に住んでいる社員は埼玉の現場、神奈川に住んでいる社員は神奈川の現場と分けていたんです。それでは新たな気づきが得られないと思い、居住地に関わらず働く現場のローテーションを行いました。これに対して戸惑った社員も少なくありませんでした」。そこで堀江社長が行ったのが社員との徹底した『対話』であったと言う。
「仕事の話だけではなく、プライベートも含めて1対1で話す機会を設けました。そこで話した内容は一切言外しないという前提で腹に抱えていることを全部吐き出してもらったんです。結果、今では社員一人一人の考え方や仕事に対する姿勢を把握できています」。
ここに堀江社長独自の、社員の心の掌握術がある。技術者を説得する場合は、全社員を集めてトップダウン的な話し方をしても伝わらない。なぜなら、これまで彼らに期待してきたものは経営的な視点で当事者意識を持った働き方ではなく、目の前にある仕事を正確かつ効率的に進めることのできる技術力の向上だ。だからこそ技術者は、働く環境が変わることを最も嫌う。慣れ親しんだ職場であるからこそ自分の力が発揮できるのだという反発心が芽生えてくる。しかし、その壁を乗り越えてこそ次なるステージに進めるものと社長は考えている。「全員が納得した上でさらに高いステージに進むためには対話しかありません。またそうした対話は、中小企業の場合は経営トップが自ら行わなければ意味がありません」。
家族より長い時間を共有する社員だからこそ
会社にとって一番大事なものは社員。堀江社長はそう言い切る。「好きな言葉は【出会いに偶然はない。必然である】1億2000万人いる中で1人の人間と知り合うことは奇跡です。さらにそこで、共に汗を流す社員たち。彼らと共有する時間というのは家族より長いはずです。だからこそ大事にしなくてはならないし、同じ方向を目指して一緒に成長して欲しいと思います。それが私の経営者としての理念であり軸となっています」。
女性整備士にも門戸を開く
また今後は、女性社員の登用も積極的に行っていきたいと言う。「細かい部分にも気を配れるし、本来女性はこの仕事に向いているはずなんです。ところがなぜか女性からの入社応募が少ない(笑)。どうにか弊社が先陣を切って、業界に風穴を開けていきたいと思います」。
堀江社長の当面の目標は、車両、電装、内装、鉄工をすべて組み合わせて、新しい電車を自社でつくれるような総合企業になることだと言う。ただ、さらに将来を俯瞰するならば鉄道車両業界に止まることなく、自分たちの技術を応用して、違ったカタチで社会に貢献できるような新機軸を構築していきたいと言う。社員の足並みを揃え、技術集団として崩れることなくこのまま進めば、その構想もそう遠くない将来実現するに違いない。
■記事公開日:2014/09/22
▼編集部=構成 ▼編集部ライター・吉村高廣=文 ▼田尻光久=撮影(武蔵丘車両検修場内日高作業所) ▼渡部恒雄=撮影(本社)