世界に広がる"うどん市場"
2015年9月。日本企業の進出ラッシュが加速していたベトナム南部のホーチミン市を訪れた時、街の一角に長蛇の列を見かけた。流暢な日本語を話す現地コーディネーターによると「日本のうどんのお店です」とのこと。当時のホーチミンは、日本の食品・サービス業の企業進出が目覚ましく、とりわけ、うどん店が大繁盛しているとのことだった。もとよりベトナムは、柔らかく、ふわりとした食感の米粉麺フォーが根付く国だが、現地の人々は、強いコシのあるうどんを、驚きと感動をもって受け入れた。そしてそのブームは一過性のものに終わらず、現在のベトナムにすっかり定着している。
こうしたムーブメントの源流を成すものが、"うどん県"香川の讃岐うどんだ。口当たりが良く弾性に富んだ麺のコシが特長で、のど越しもいい。日本全国数ある種類のうどんの中でも、最も流通しているうどん麺であることは間違いない。そんな讃岐うどんのリーディングカンパニーが株式会社讃匠だ。その代表取締役社長藤井薫氏に"こだわりの麺づくり"と次代を見据えた"経営ポリシー"を聞いた。
うどんづくりを科学的に分析
株式会社讃匠は、麺類の製造・販売を目的として1986年1月に創業。うどんの製麺機メーカーとして、当時すでに創業していた株式会社大和製作所の姉妹企業としての発進だった。したがって"機械づくり"から"麺づくり"へと新たな試みではあったものの、美味しいうどん麺を提供できなければ製麺機の販売自体に影響する。そのため、どこにも負けない美味しい麺づくりが大命題だった。
そこで藤井氏は、ただ美味しいだけではなく、防腐剤や添加物を一切使わない製法を用いて、美味しさと安心安全の二本柱を商品づくりのコンセプトに据え、商品を市場に問うた。とはいえ、香川県は讃岐うどんの本場。日本一の激戦区でもある。当然ながら強力なライバルも少なくないはず。自信はあったのだろうか?
「確かに香川県は讃岐うどんの本場です。本場ではありますが、私が参入するまで、どのようなメカニズムで美味しいうどんができるかという本質的な研究がほとんどされていませんでした。手打ちの製法が良いというのは昔から伝承されてきたことです。しかし、その手打ちの技術がなぜ良いのか、どうして美味しいうどん麺ができるのかという原理原則を科学的に分析して、麺づくりに活かしている方はいらっしゃいませんでした。そこを私は徹底的に研究したのです。したがって、当然自信はありました」。
伝統的な手打ち製法を紐解く
讃岐うどんには「土三寒六常五杯(どさんかんろくじょうごはい)」と「朝練り即打ち」という昔ながらの製法がある。土三寒六常五杯とは、季節に応じた塩と水の割合のことで、この配合がうどんのコシをつくると言われてきた。ところが、市販されている塩を使うと塩辛くて食べられない。
そこで藤井氏が着目したのが海水だ。以後、試行錯誤の末、ミネラルを多く含む海水と同じ成分をもつ塩を独自に開発。その塩でうどんをつくったところ、コシの強い透き通るうどんが誕生した。
さらに「朝練り即打ち」という製法では、早朝に麺生地を作り、午前中に麺を茹で上げるのが美味しさの秘訣とされてきた。しかし、実際に朝練った生地をすぐにうどんにしても美味しくない。理由は小麦の違いだ。昔は小麦がほとんど全粒粉だったため「熟成」の必要がなかった。こうした先人の知恵を参考に、うどん麺としては初めての「長時間二段熟成」を取り入れ、温度と熟成時間の管理を徹底したことにより、古来のような製法や全粒粉を使わずとも、讃岐っ子が愛する粘り強い麺質を実現した。
「伝統の手打ち製法を、科学的な見地から紐解いたところ、そのままやっても現代人の口に合ううどんはつくれないことが判明したのです。ところが、こうした原理を知らぬまま、いまだに昔と同じような製法で手打ちうどんをつくっている方も多いのが現状です」。
とはいえ、藤井氏は"手打ち"を否定しているわけではない。手打ちを超える麺を「機械でつくる」ということに注力した結果、現在の讃匠のうどん麺が生まれたのである。
うどんから違う麺の領域へ
現在の讃匠では、うどんの麺づくりと並行して事業ドメインの改革が行われている。ラーメン、そば、パスタなどの麺づくりである。うどんで培った技術的なノウハウを応用して上質の麺を供給し始めている。そしてその視線の先にあるものは、世界規模で日本の美味しい麺文化を普及させることに他ならない。
「自動車を例にとって考えてみますと、今生き残っているメーカーはグローバル化に成功した企業だけです。グローバル化に乗り遅れた企業はほとんどがダメになっている。麺づくりも一緒です。これだけさまざまな麺が世界中に普及しているのに、国内でうどん麺一本で勝負していたら、今後大きな成長は望めません」。つまり藤井氏の頭にあるのは、「うどんの讃匠」から「麺の讃匠」への変革なのである。
うどんをとんこつスープで食べるとまではいかずとも、日本人のライフスタイルは変わりつつあり、味に対する要求も変わってきている。そこにどれだけ敏感になって、お客さまが求めるものを提供できるかが今後のビジネスでは必要になる。もちろんそれを行うためには、自分が手がけようというものへの飽くなき追求が必要だ。ただ幸いにして讃匠には、うどん麺づくりで培った経験則と技術則がある。これを十二分に発揮して、世界へ踏み出そうというのが藤井氏の経営者としての視点である。
お客さまの問題解決が第一
海外市場への本格参入という大ビジョンを掲げる一方、讃匠では、草の根的な取り組みも疎かにしていない。今は何処の企業も人手不足が深刻な問題だ。それは個人が営むうどん店にも同じことがいえる。結果、過去に大和製作所が提供した製麺機を使える人が減ってきている。そこで、その店独自の麺を讃匠で再現し、変わらぬ味をエンドユーザーに提供できるよう顧客サポートに力を注いでいる。つまり、麺を通じてお客さまの事業をトータルサポートできるようビジネスの仕組みを変えつつある。
そこには当然リスクもある。というより、リスクの方が大きいのではないか。大ロットの発注がどんどん舞い込めば、それでビジネスとしても成立するが、ほとんどの場合1軒あたりの発注規模は小さい。しかも、お客さまの必要なクオリティの麺を、必要な量だけ提供するという。なぜそこまでやるのか。
「ビジネスの本質はお客さまの問題解決にあるからです。お客さまの問題を解決すれば、結果、自分の問題解決にもなります。そもそも我々は、何のためにビジネスをするかというと、究極は幸せになることです。そこでほとんどの方は、自分の幸せを先に求めてしまいます。そうではなく、自分が本当に幸せになりたかったら、周りを幸せにすることです。そうすれば自分も幸せになれる。それを私は信じきっているのです。ビジネスの本質は先に与えること。人生の本質も先に与えること。そう私は思っています」。
社員のロイヤリティを高める
讃匠の人材についてはどうだろう。氏自ら言う通り、現在は何処も人手不足が深刻な時代だ。そこを問うと、「おかげさまで安定しています。その証拠をお見せしましょう」と席を立った。案内されたのは社員食堂。讃匠および大和製作所の社員は、この社員食堂で食事を無料で食べることができるのだと言う。
「以前イスラエルを訪れた時、食品の加工度の低さに驚きました。こんな新鮮なものを毎日食べていれば強い国ができるはずだと。そして、食べ物がその国を豊かにして元気にするのであれば、会社も同様、食べ物が一番だと思い、社員食堂をつくりました。また、アメリカのグーグルの本社では、社内の35カ所に24時間営業の無料カフェテリアがあり、すべての料理が、普通の調理、完全オーガニック、その中間と分かれていて、好きなタイプを選べます。グーグルの食堂のコンセプトは"社員の寿命を2年伸ばす"というもの。それを見て私も会社の食堂に完全オーガニックのサラダバーを設けました」。
「経営者は従業員を一番大切に考えなくてはなりません。そして大切にされた従業員は、お客さまを大切に考えることができる。この善循環こそが経営の根本であり、次代に羽ばたく企業の在り方だと私は考えているのです」。
■記事公開日:2017/10/25 ■記事取材日: 2017/09/25 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文・写真撮影=吉村高廣 ▼写真提供=讃匠