哲学の父と言われるルネ・デカルトは、この世に存在するあらゆる事象について、徹底的に疑いの目を向けたと言います。なぜなら、他人が「正しい」としたものは、その人の価値基準に照らし合わせた評価であって、それが"真理"であるとは限らない。自分にとっての真理と出会うためには、客観的に物事を見て「これ以上疑う余地はない」というところまで考え尽くすことが必要だと主張しました。
デカルトの主張から380年以上経った今、近しい考え方をすることがビジネスに求められています。それが『クリティカルシンキング』です。クリティカルシンキングは『批判的思考』とも呼ばれており、先入観や感情に左右されず、中立的な姿勢で物事を判断する思考プロセスです。これからのビジネスパーソンに期待されるのは、「新しい価値を生み出せる能力」であるわけですが、そのカギを握っているのがクリティカルシンキングなのです。
ビジネススキルとしてクリティカルシンキングが注目されるようになった背景には、「価値観の多様化」があります。2000年以降の日本企業は、「より良いもの(こと)を、より安く提供する」ことに力を注いできました。当然そこには消費者が納得できる基準(品質に伴う価格)があって、その基準に合わせる(或いは近づける)ことが事業を活性化させる手段でした。ところが今は、消費者が異なる価値観を持ち始め、1つの基準に合わせているだけではビジネスを成長させることが難しくなっています。
例えば、1本8,000円もするビニール傘を、月に1,000本以上売り上げる"ビニール傘専門店"があります。こうした、一見、突拍子もないような新事業の芽は、「ビニール傘なんて500円がいいところ」といった固定概念に縛られていては生まれません。従来の「あたりまえ」に疑問を持ち、考察と検討を重ねて最適な答えを導き出し、発展的なビジネスにつなげていくことがクリティカルシンキングの目的です。
実際のビジネスシーンで、クリティカルシンキングをおこなう場合は、ともすれば、すんなりと肯定してしまいそうな自分の思考に対して、「ちょっと待てよ」と批判的視点を持ち、客観的に物事を考え直してみることが基本になります。具体的なアクションのポイントは、「前提条件に疑問を持つこと」「思考の傾向を自覚すること」、この2点です。
先の高級ビニール傘を例にとって説明すると、「ビニールでは良質の傘はつくれないだろう」という前提を疑問視したり、「在庫リスクを考えると思い切った値付けはできない」などといった、リスクヘッジに走りがちな自分の思考傾向を自覚して、その是非を徹底的に自問自答することです。こうした訓練を繰り返し続けることで、より早く最適なアンサーを導き出し、そこから新しいビジネスチャンスが生まれます。
ビジネスシーンで必要とされる代表的な思考スキルに『ロジカルシンキング』があります。ロジカルシンキングはこのコラムの第1回で取り上げたテーマでもあり、「物事を要素ごとに分解して、筋道を立てて考える」スキルです。例えば、事業を効率的に継続する方法を考える場合は、売上、利益、コストの3つを相対的に考えて、バランスを取るよう努めることが基本。いわば"全体最適"のプロセスを思考するのがロジカルシンキングです。
その一方で、各々の基礎データについて、「どうしてこの数字なのか」「これ以上のコスト削減は不可能なのか」と、"部分最適"に切り込んでゆくのがクリティカルシンキングです。さらに言うなら、ロジカルシンキングで導き出した結論に対して、「それは本当に正しいのか」と問いかけることもでき、実施プランをより客観的視点で見極めてブラッシュアップすることができます。
つまり、論理的な考え方だけでは、データの真偽が分かりませんし、逆に、クリティカルシンキングだけでは、具体的な行動までつながりません。これらの思考方法は、両方が揃っていてこそ効果を発揮します。
今でこそ誰もが当たり前のように買うミネラルウォーターですが、商品企画の段階では、「こんなモノ絶対売れない」のナンバー1商品だったと思います。日本は、世界的に見ても水質が非常に良く、水道をひねって出てくる水がそのまま飲めるわけですから、わざわざお金を払って水を買うのはナンセンスです。にもかかわらず、「山の湧き水をボトルに詰めれば売れるんじゃないだろうか」というのは、呆れるほど大胆な発想です。きっと、「何をバカなことを」と反対もあったはずです。ところが今やその市場規模は、3,230億2,100万円と清涼飲料部門でトップ。これはまさしく、「美味しければ水だって売れる」と思考した担当者の大逆転に他なりません。また個人的には、クリティカルシンキングで大成功したナンバー2は「苺大福」だと思います。あの美味しさは、絶対にあり得ない組み合わせが生んだ"奇跡のスイーツ"です。