議論は対立ではなくコミュニケーションの手段
よく、「日本のビジネスマンは議論することが苦手だ」と言われます。その理由は、チームワークを重んじながら成果に結び付けようという協調性を大事にする"国民性"に関係している、というのが定説になっています。善意に解釈すればそうした言い方も出来るでしょうが、そもそも日本人は、議論することに慣れていないのです。不慣れであるがゆえに、議論することを"対立"と考え、異なる意見を持つ相手を"敵"と見なしてしまう。こうした状況を招きたくないという思いが勝って、自分の主張があってもそれを飲み込んで相手に同調してしまうことが、「議論が苦手」と言われるビジネスマンをつくりだしている背景です。
アメリカでは、高校からの授業に"議論するスキル"を学ぶカリキュラムが組み込まれているそうです。今の世界は、原発の有無や安楽死、社会格差など、解決策が見いだせない問題で溢れています。こうした問いに対して、多様な人種とイデオロギーが共存しているアメリカは、議論することによって"最適解"を見出そうという原則(社会的なルール)が不可欠なのです。
グローバル化の時代になり、盛んに多様性が言われるようになった昨今の日本も然りで、議論力を高めていくことは、ビジネスマンのキャリアアップを考えても、大事なスキルになることは間違いありません。
実は日本でも、議論力の底上げを図ろうという取り組みがおこなわれています。毎年、中学生・高校生を対象として『ディベート甲子園』が開催され、あらゆるテーマについて白熱した議論が展開されます。とても有意義な取り組みだと思いますが、残念なのは、テーマに対する賛否(どちらの立場で論じるか)は当日主宰者から指定されるため、スピーチしている内容が、必ずしも本人の意志ではないということです。臨機応変さが勝敗の決め手になる『ディベート競技』の性質上、仕方のないこととは思いますが、話す技術にとらわれ過ぎていて、やや、立論に熱量が欠けているように私は感じました。
ビジネスにおける議論とは、両者が1つのテーマ(プロジェクトの進め方や方向性など)について、どちらの考え方を支持するか、或いは、ちょうどいい落としどころを決めることが目的です。もちろんそこに勝ち負けはありません。土台になるのは、考え方の違う人と上手くコミュニケーションすることであり、その過程で、自分の考え方が変わったり、新たな道筋が見えてくることもあります。
活発に意見が交わされる議論の場は、ビジネスの創造性を高める条件の1つです。ただ、意見が違っても感情的な対立を招いてはいけません。時々、「自分の意見が正しい」と主張して、他人の意見に耳を貸さない人がいますが、ビジネスシーンにおいては、自分の考えに固執してそれを押し通すやり方は時代遅れです。価値観が多様化している今、時代の変化に柔軟に対応していくためには、議論を重ね、多くの意見の中から"最適解"を選択することが最善です。そして今後は、より一層、議論の必要性が高まっていくことでしょうし、合理的に議論を進められる人がイニシアチブを握るようになることは間違いないでしょう。
先にも記した通り、ビジネスにおける議論はコミュニケーション手段の1つです。したがって、議論をする場合には、「なぜ自分と意見が合わないのか」と、相手の思考背景を理解する(理解しようと努める)よう対話を深めることも大切です。ただし、そこで理解出来たからといって安易に同調せず、相手の機嫌を損ねぬように反論することが肝心です。そしてこの時、絶対にやってはいけないことは、自分の意見をストレートにぶつけてしまうことです。
これは私自身の反省的経験に基づくことですが、真っ向から反論して意見を覆すことが出来た時は一時的な満足感を得られますが、相手の心には論破された悔しさが残ります。感情的なしこりを残せば確執が生まれて協力し合うことが難しくなります。したがって、議論する上で大事な心得は"感情的にならないこと"です。相手を傷付けず、相手の立場を尊重しながら、自分の主張を通すこと。これがポイントです。
ビジネスライター 吉村高廣の視点
若い頃は、忌憚なく意見をぶつけ合う経験を重ねることが成長の秘訣だと私は思っています。そうすることで、他人の意見を尊重したり、話の落としどころを見極められるようになりますし、コミュニケーション能力や度胸も身に付きます。しかしながら昨今は、「議論なんてウザい」「議論するのはめんどくさい人」といった風潮があり、議論を嫌う若手が増えています。加えてコロナ禍により、対面で議論する機会が減りました。その結果、ちょっとしたことでも自分の言動を否定されるとそれを根に持ち、勝手に相手を敵視してしまう人が増えている。これでは良い仕事はできません。議論の中で"自分の意見"が否定された時に"自分"が否定されたと勘違いしてはいけません。場数を踏んで意見を否定されることに慣れてください。意見を否定されることに慣れてくれば、議論することに価値を見出せるようにもなるはずです。
■記事公開日:2023/01/25
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=PIXTA