失恋して激しく落ち込んでいる友人から、別れに至る経緯を涙ながらに打ち明けられたとします。そんな時あなたは何と言って相手を落ち着かせようとするでしょう?
多くの場合「オマエの気持ちは分かるよ。オレも昔さ...」といった当たり障りのないニュアンスの言葉ではないでしょうか。一方、不慮の事故で恋人を亡くした人に対して「気持ちは分かるよ」と言えるでしょうか?
言えないはずです。なぜなら、多くの人は同じ体験をしたことがないからです。
人は誰でも自分が体験したことに対しては「共感」することができます。長い人生では失恋の1つや2つ経験したことがあるでしょう。だからこそ「オレなり」の視点で言葉を返すことができるのです。では、自分が体験したことのないことに直面した時、人はただ黙りこむしか術はないのでしょうか?そんなことはありません。生死に関わる大事ではないにしろ、ビジネスは常に未知との遭遇の連続なのですから。
私は仕事柄、会社経営者から医師や研究者、芸能人やスポーツ選手に至るまで、さまざまなジャンルの方々にインタビューをする機会を得ます。当然ながら、ほとんどの場合私が体験したことのないジャンル(業界)の方々ばかりです。しかしそうした方々の話は、改めてわが身を振り返らせ、時に心を奮い立たせ、大いに「共感」できるものが多く、会話も弾みます。 自分が一度も体験したことがない仕事をしている相手の話に、なぜ「共感」できるのか。それは難しい技術のディテールや専門用語ばかりを理解しようとするのではなく、話の途中で垣間見せるその人自身の本質のようなものにフォーカスするからです。偉業を達成した自信満々の科学者でも、研究の過程では苦悩や喜びがあります。時にそれは、天才ゆえの孤独だったり、仕事とはまるで関係のない家庭的な一面であったりします。そこを見逃さず自分と置き換えて考える訓練をすれば「共感力」は鍛えられてゆきます。
インタビュアーと皆さんの仕事ではいささか事情が違いますが、見知らぬ相手を理解して早い段階でより良いコミュニケーションを築きたいという思いは同じでしょう。そのためには「共感力」を上げることが第一。それが私の持論です。 当然のことながら、見知らぬ人と会う時は、相手(会社や技術)のことをとことん調べた上で対話に臨むことが肝心です。しかし、どれだけ周到に準備していても全く予期していなかった方向に話が進むこともあります。むしろそうしたケースの方が多いくらいです。そうした時にこそ相手の懐に入り込み、話を自分のペースに引き戻すのが「共感力」です。ビジネスの基本はコミュニケーションであることは間違いありません。そのためにはまず、相手の人間性を察知してそれに寄り添う術を身に付けることが大事です。
「共感力を上げよう」というのは「イエス・マンであれ」ということとは違います。「イエス・マン」というのは共感できないことや、どう考えても理不尽なことであっても無条件に首を縦に振ってしまう人のこと。一方「共感力」というのは、相手と自分の間に小さな接点を見つけだそうとする技術です。拡大解釈するなら「対話力」と言い換えても良いと思います。もちろんビジネスですので、あまりにもプライベートな話題に終始するのは問題ですが、相手が気持ち良く話せるお膳立てをしてあげることは、聞き手が心すべきマナーであり、ビジネスを上手く運ぶポイントにもなるはずです。
インタビューをしていて「取りつく島がない」という人がいます。何を聞いても二言、三言で終わってしまう。こうした相手に対しては「共感力」は通用しません。そんなとき持ちだす質問は「差別化」です。「この技術って他社のものと同じじゃないですか? 何か違いがありますか?」と自尊心を刺激するのです。すると途端に話し出し、そこが突破口となって「共感」できる部分が見つかるケースも少なくありません。