東日本大震災以降、BCP強化の対策として経営効率を重視した『ジャスト・イン・タイム経営』に舵を切った企業が増えました。ところがコロナ禍により、効率性に偏重した経営の脆弱性が露呈。長期的な視野で事業の継続にとらわれがちだった視点を改めて、いざと言う時に波を乗り切る企業体力を保持すべく、経営資源にある程度のゆとりを持たせた『組織スラック』の概念が注目されるようになりました。
そうした一方で、「余剰資源は会社の皮下脂肪のようなもの」といった指摘もあり、コストがかかる、効率の低下で組織統制に悪影響を及ぼす可能性がある、余裕があると意思決定が甘くなる、などの観点から否定的な声もあるようです。そこで今回は、「組織スラック」について考えてみたいと思います。
経営環境の変化に必要不可欠な「ゆとり」
従業員や設備などの経営資源の中で、「余剰資源」となっているものを「組織スラック」と呼びます。経営者はもちろん、投資家などのステークホルダーはヒト・カネ・モノ・情報を余すことなく活用して利益を最大化することを求めるため、「余分な資源がある=資源を最有効活用できていない」と考えがちです。しかしながら、余裕資源は経営環境の変化に対応するための重要な「予備資源」です。
具体的な例を挙げるなら、繁忙期に備えて「人手」や「在庫」などを多めに確保している企業は、インバウンド需要が急増しても生産ラインや販売が停滞することがなく逸失利益が生まれません。また、緊急時に備えて内部留保として「余剰資金」を蓄えていれば、パンデミックなどによる予期せぬ経済的ショックや市場の変動に対応することが出来ます。
コロナ禍においては、圧倒的なマスク不足に陥りましたが、在庫や取引先に余裕を持っているか否かで、ドラッグストアの収益は大きな差が生まれたそうです。このように、予想外の要因で企業が経営環境の変化に直面する現代は、組織スラックはムダな経営資源などではなく必要不可欠な『ゆとり』なのです。
競争力を強化するために必要な「ゆとり」
さらに組織スラックは、環境変化に対応するための「予備資源」としてだけではなく、ワークスタイルの改善やイノベーション等の源泉になるケースもあります。
Googleの「20%ルール」をご存じでしょうか。これは、Google社員が就業時間内の20%を自分が担当するコア業務以外の取り組み(例えばアイデアの創造や新プロジェクトの運営等)に充てても良いとするイノベーティブな制度で、GmailやGoogleニュース等もこの「20%ルール」から生まれたサービスです。
このように、新しいビジネスアイディアを創造したり、そのために視野を広げてスキルを伸ばすためにはある程度の余裕がなくてはなりません。もし、人手や予算がぎりぎりまで活用されていて誰もがフル回転で働いているとしたらイノベーションのための試行錯誤は不可能です。しかし、そこに余裕があれば、新しいワークスタイルを考える時間も生まれますし、新たなマーケティング戦略を練ることも出来ます。単なる予備資源としてだけではなく、競争力を強化するために必要な『ゆとり』でもある。それが組織スラックのもう1つの側面です。
大き過ぎる「ゆとり」を持つのは危険
スラックは「大きければ大きいほど良い」というわけではありません。大き過ぎるスラックは組織の動きを鈍くし、自滅を招きかねません。
例えば、余剰資金が多過ぎるとその使い方が荒くなり、不必要な投資が行われるケースが多くあります。これは予算にも同じことが言えます。また、余剰人員を増やし過ぎた結果、固定費(人件費)と売り上げのバランスが崩れることもよくあるケースです。
過剰な組織スラックは、組織の統制、社員の意識、意思決定の質に悪影響を及ぼすこともあるため、自社が抱えている組織スラックが適切か否か(社員や会社の負担になり過ぎていないか)を常に意識していることが必要です。
以上の注意点を留意して、御社でも社内に新しい風を取り入れる一案として組織スラックの導入を検討してみてはいかがでしょうか? 変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の時代と言われる現代の経営環境の中では、「余裕」がなければ、遊び心を持った新規事業などに挑戦することは出来ません。
■記事公開日:2024/10/29
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=Adobe Stock