会社には自分のデスクがあって、そこで仕事をするのが当たり前。そんなワークスタイルから、固定席に縛られることなく、仕事内容に合わせて最適な空間を自由に選ぶことで、業務効率を高めて生産性の向上が期待できるABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)というワークスタイルがにわかに注目を浴びています。
そもそも、日々の仕事は十年一日ではありません。ミーティングに明け暮れる日もあれば、資料の作成に追われる日もあります。同じ資料作成でも、クリエイティブな発想が求められる案件もあれば、既存のデータを取りまとめて、ひたすらパソコン入力という案件もあるはずです。このように、ABWは取り組む仕事の違いに応じて、最適空間を自らで選び"自律的に働くワークスタイル"と言うことができます。
仕事の内容に合わせた"効率的な空間の選択"とはいえ、ABWは単なる「空間の選択」ではなく「働き方の選択」という部分にその本質があります。
ABWには2つのタイプが存在します。1つは、自宅やカフェなど、オフィス以外の空間も"働く場"と捉える「広義な意味でのABW」。もう1つは、オフィス内にカフェスペースや個人ブースなどを設けて、仕事内容によってそれらを使い分ける「狭義な意味でのABW」です。たとえば、オンラインミーティングが中心の一日なら、わざわざ出社せずとも自宅のパソコンから参加して共有できる場合もあります。事実、コロナ禍において、そのような準備と体験を積み重ねてきた方は少なくないはずです。逆に、周囲の生活音に邪魔されず、集中して仕事がしたい場合は、オフィス内の個人ブースを利用するのも選択肢の1つです。
いずれにしても、これまでは自分のデスク一択だった仕事空間を広げることで、集中力や仕事の効率を高めるばかりでなく、近年言われるワークライフバランスの充実にもつながってゆく。ABWは、まさしく働き方改革の一環とも考えられます。結果、ABWが導入されていること自体が、ES(従業員満足)やモチベーションアップ、さらには、優れた人材のリクルーティングにもプラスになることが期待されています。
ABWの導入にあたっては課題もあります。先に記した通り、ABWはオフィス外で働くことも容認されるため、成果を正しく評価するための仕組みづくりが必要になります。また、コミュニケーションに不都合が生じることも考えられるため連絡手段を決めておくことも必要になります。さらに、会社支給のノートパソコンをカフェや交通機関などの公衆Wi-Fiに接続することは厳禁です。そこに生じる情報漏洩のリスクを個々人が強く意識するだけでなく、万一の場合のセキュリティリスク対策を整備しておかねばなりません。そしてABWのメリットを最大化するためにはオフィスレイアウトの見直しが必要になるかも知れませんし、当然そこには、物理的・時間的なコストがかさむことも視野に入れておくべきポイントです。
ABWはすべての会社にマッチする仕組みではありません。ABWが適しているのは、一人ひとりの業務内容が多岐に渡っていたり、案件によって関わるメンバーや人数に変動があったり、クリエイティブな要素が求められる業態です。逆に、頻繁に打ち合わせを必要とする研究・開発や、従業員数が20人前後の小規模事業者の場合は、ABWを導入しても、あまりメリットは感じられないと思います。
ABWは、現在注目されているワーキングトレンドで、これからの働き方の選択肢の1つに違いありません。しかしながら、業態によって最適なワークスタイルはそれぞれですし、事業の規模や組織体制が変化すれば"最適なワークスタイルの在り様"も変化します。自社にとっての最適空間を整備するためには、まず従業員の要望に耳を傾け、可能な限りそれらを反映させようとする歩み寄りではないでしょうか。
ABWの導入については、2020年2月21日公開のキープレス『オフィス探訪』で紹介した、東海東京フィナンシャル・ホールディングス株式会社の事例が参考になります。記事の公開は、まさしく『コロナ禍前夜』という時期でしたが、やがて訪れる"金融系企業のテレワーク時代"を見据えた取り組みでした。
※オフィス探訪「東海東京フィナンシャル・ホールディングス株式会社」掲載記事
/key-press/tanbou/innovation.html
■記事公開日:2022/03/09
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=AdobeStock